職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

社会

持続可能性を探る:スケールフリー・ネットワークの発想

生態系という秩序は生物や環境条件が複雑に組み合わさることで、結果的に全体として辻褄が合うようになっています。みんな勝手に振る舞い、好き勝手にやっているけれど、どこかで帳尻があって安定しているということです。サステイナブルとかいって、持続可…

文藝春秋の学歴詐称工作の記事を読んで

小島敏郎「小池百合子元側近の爆弾告発」と北原百代「カイロで共に暮らした友への手紙」文藝春秋102巻5号を拝読いたしました。本当は福島雅典「コロナワクチン後遺症読者の疑問に答える」を読もうと思って買ったのですが、その前に掲載されている記事の方に…

バラバラの個性が生き残りのカギ

ランキング参加中社会 「個性を活かす」とか「個性を尊重する」などと学校でも会社でもいわれます。実際は個性をできるだけ均質化あるいは均一化する学校教育や社員教育が行われているので、いっていることとやっていることが合致しません。 管理する側から…

能力主義は人々の価値を破壊していないか

ランキング参加中社会 学校、会社、日本あるいは世界の市場など、どこでも能力主義がはびこり、競争が善であるという考えが行き渡っています。私は『学び直しで「リモート博士」』(アメージング出版、2023年)でもはっきりいいましたが、自分自身は新自由主…

東京という街に「ゆとり」はなくなった

先日、何だか東京は嫌だな、と思う出来事がありました。会社があるので、東京には行かなければなりませんが、もう私の中に東京はNOというサインが出はじめているようです。 その嫌な出来事は珍しく週末に起きました。地方から出てきた甥っ子が東京の長男のア…

次の世代に伝えたいことを「紙」で残す

良いのか悪いのか、一般書と専門書の出版が重なり、珍しく校正作業に追われていました。どちらも、初回校正が終了し、2回目を待っている状況ですが、いろいろ気づくことがありました。 まず、ワード原稿では気がつかないミスが、なぜゲラになると際立つのか…

未知の通信技術「5G」は危険なのか

最近、変なめまいがしており、何が原因かと考えていました。そこで、いくつか想定できそなことのうちの一つが、新しく購入したiPhoneでした。今まで個人の携帯電話はガラケーで通してきましたので、よく持ちこたえたと思いますが、時代の流れに逆らえず買い…

ネガティブな印象のある「公僕」という言葉

「公僕」という言葉の意味は、公務員のことで、広く公衆、公共に奉仕する者のことです。下僕の「僕」という漢字が含まれているので、公務員を見下した意味合いを含んだ言葉のように思う人もいるようですが、そのような意味はありません。しかし、一部の公務…

大手メディアを避けて世界観をつくる

自分の世界観やものの考え方というものは、どのようにつくられていくのでしょうか。かなりの部分を大手メディアに依存している人もいるかもしれません。大手新聞、地上波テレビ、近年ではインターネットのYahoo! ニュースなども含まれるでしょう。しかし、こ…

「本の出版」は能力以上に財力か

博士論文もほぼ完成したので、来年に向けて書籍化をしようといくつか出版社をあたりました。学術書になるとはいえ、自分の専門分野で、最も自信がある内容なので、どこかの出版社が自己負担なしで出版してくれると思っていました。しかし合計26社に問い合わ…

プーチン大統領の演説を通して視る世界観

9月30日に行われた、ロシアのプーチン大統領の演説の翻訳に接しました。東京都市大学名誉教授の青山貞一氏によるものですが、次のリンクは非常に興味深い内容でした。プーチン大統領演説 2022年9月30日 全文日本語訳速報 kp.ru ロシア語翻訳・青山貞一(東京…

要人暗殺にみられる一定のパターン

元首相が暗殺されるという事件が起きました。日本だけはそのような物騒なことは起こらないと思っていた人も多いと思います。この治安の良い日本で起きた暗殺事件だけに、衝撃も大きかったのかもしれません。偶然にも過去の暗殺の事例について分析した資料を…

「自然死」を実践した偉大な医師

父が年齢を重ねて、人生の終わりに近づいてきたと感じたときに、平穏死や自然死に関する書籍を何冊か読みました。誰であろうと、自然な形で逝けるのが理想だと思い、病院で多くの管につながれて終わりを迎えるのは不自然だと思ったからです。 いくつか読んだ…

デジタル化で幸せになれる人は多くない

デジタル化で世の中は究極の監視社会となる。金融機関は、私たちの信用スコアを持ち、一人ひとりを格付けする時代がくる。たとえば、今でも信用調査によって、カードローンで借りることができる金額の上限が人によって異なるが、デジタル化が進めば、もっと…

子どもの相対的貧困を解消するには

1990年代後半からNPOを通じて海外の子どもを支援してきた。最初の子どもはスリランカで、実際現地に訪問して本人にも会った。その後、2000年代前半に自分の所得も上がり、それではもう一人ということで二人の子どもを支援してきた。支援は一人の子どもに対し…