スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

「本の出版」は能力以上に財力か

博士論文もほぼ完成したので、来年に向けて書籍化をしようといくつか出版社をあたりました。学術書になるとはいえ、自分の専門分野で、最も自信がある内容なので、どこかの出版社が自己負担なしで出版してくれると思っていました。しかし合計26社に問い合わせた結果、難易度はかなり高いということが理解できました。

前二作は、自己負担することなく出版できたのは、とてもラッキーでした。タイミングとか人のつながりもあったのでしょう。しかし今回は非常に厳しい。実質、一作目の改訂増補版ということもあるかもしれません。一般的に改訂増補版は販売部数が減るようです。さらに資材の高騰で製作費の単価も上がっているようです。もちろん、本を読む人の数も減っています。

そこで出版企画書を自分で作り、想定される読者層や市場、10年経過しても陳腐化しない特殊な内容であること、自分がセミナーや研修をすることで販促できること、また、学術書でありながら、実務家向けにも十分役立つ内容であることをアピールしました。

まるで営業マンのような売込みをしたにもかかわらず、まだよい反応は得られていません。たとえば、自分が100冊買取るという条件が付くことがあります。100冊買取っても献本する先はそんなにありません。また、どうやって配布するのか、在庫はどうするのか困ります。また、製作費が150万円かかるので出版助成金を受けてみてはどうかという提案もあります。しかし出版助成金は製作費の半額のケースが多く、75万円の助成金を得ても、75万円は自己負担です。

さらに、学術書の出版で著名なところからは、返事すらありません。誰もが知っている出版社なので、著名な大学教授からの受注でいっぱいなのでしょう。26社のうち7社から8社は音沙汰無しです。そう考えると、むしろ返事をいただけるだけありがたいことかもしれません。おそらく学術書の業界は狭いので、ネガティブな評判が立つのを避ける意味でも、一応返事はするということかもしれません。これが一般書の世界ですと、10社問い合わせして10社返答無しということもあり、もっと厳しいと思います。返事がきたかと思えば、300万円の自己負担で出版できます、という自費出版の話だったりします。

このような経緯から感じることは、書籍の出版は能力以上に財力が必要なのではないかということ。最低限の水準さえ維持しておいて、あとは製作費を支払える財力があれば、誰でも書籍は出版できる。一方で、能力はあっても財力がないために出版できていない人はいっぱいいるのではないでしょうか。おそらく埋もれいている良質な原稿は結構あるのだと思います。

本当は出版社の編集部が原稿の中身を吟味して、どこまで販売部数を伸ばせるか評価し、リスクを取って出版するというのが本来の出版の形なのではないでしょうか。しかし利益も求められ、スピードも必要になっているため、編集部もそのようなことをしていられない。結果、編集部の目利きの能力も落ちてしまい、職人のようにリスクを取って出版できる人もいなくなったのかもしれません。昔の事情はよく知りませんが、ますます出版業界の環境は厳しくなるので、書籍を出版したい人にとっては逆風であることは間違いありません。