スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

病気になる原因は「肉食」という幻想

アラスカやグリーンランドに暮らすイヌイットという人々の食生活は、私たちとはかなり違います。極寒の地で生活しているのですから、お米も小麦も育ちません。穀物を栽培して収穫し食すということがない点、彼らはどのような食生活を送っているのかは興味深いです。

江部康二『主食を抜けば糖尿病は良くなる! 新版』(東洋経済、2014年)に、イヌイットの食生活について紹介されていたので参照してみました。彼らの食べ物のほとんどは、狩猟の獲物である肉や魚だそうです。少量の山菜や果物、海藻なども食べるようですが、基本的にタンパク質と脂質である、肉と魚になります。結果的にイヌイットの食生活は究極の糖質制限食になっており、それが何千年も続いているそうです。

1960年代にデンマークの研究者が、デンマークグリーンランドの村のイヌイットについて調査研究をしています。この調査の当初、これほど高たんぱく、高脂質の食事では、さぞかし心疾患などの血管性の病気が多いだろうと予想されていましたが、結果は異なりました。デンマーク人よりもイヌイットのほうがはるかに心疾患による死亡が少ないということがわかったのです。

アザラシの肉などを食べているイヌイットは、デンマーク人よりも偏った食事をしているはずなのになぜでしょう。しかも、その他、脳梗塞血栓症動脈硬化などの血管の病変や、ガンや糖尿病に至るまで、イヌイットでは極めて少ないということでした。

江部氏は次のように仮定します。人類のスタートを二足歩行をはじめた猿人から数えると、700万年の歴史があるわけですが、農耕による穀物栽培を開始したのが1万年前になり、結局、669万年の間は、狩りをして食料を獲得していたことになります。そうすると、基本的に肉や魚がメインの食事を長年続けてきた人類の体は、イヌイットのような食生活に馴染んでいるのかもしれないのです。

また、日本人も同様で、米の栽培がはじまったのは、約2,500年前の弥生時代で、それ以前の縄文時代穀物を常食していません。縄文時代の食生活の内容は、木の実、魚、果物、野菜、小動物などといったものが中心でした。江部氏が主張したい点は、このような食生活では、糖質の多いものを食べて血糖値を上昇させることなどなかったはずだといいます。そして、本のタイトルにもなっている主食であるお米を抜いた糖質制限食で糖尿病は治るということを提言するわけです。

私自身、糖尿病とはまったく無縁でありますが、この主張は理にかなっているようで興味深いです。日本の現代人の食生活が欧米化し、肉を多く食べるようになったから病気が増えたなどといわれることが多いですが、しっかり研究すると肉よりもお米のほうに問題があるのかもしれないと思いました。「日本人ならお米を食べなければ!」などといいますが、お米を食べるようになったのも、この2,500年程度で、もっと長い歴史で人類の食を捉えると、新しい発見があるのは間違いないように思います。