スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

江戸は偶然にも持続可能社会だった

江戸という街は当時としては、とても持続可能な循環社会を実現していたそうです。ときどきそのような情報に接していたものの、あまり深く調べることもありませんでした。今回偶然、池田清彦SDGsの大嘘』(宝島社新書、2022年)を読んで、江戸が当時としては最先端の街であったことを理解しました。

特筆すべきは、人間の糞尿を肥料として活用していた点です。こんな都市は当時ヨーロッパに存在していませんでした。たしかに昔の日本の農村には、人間の糞尿を溜めておく肥溜めがありました。糞尿を発酵させることで良質な窒素肥料ができます。実は人間というのは、それほど消化吸収能力が高くないので、人糞の半分は脱落した腸壁や腸内細菌の死骸などで、もう半分は消化できなかった食べ物の残りかすになります。つまり人糞にはまだまだ栄養が残っている。それを発酵させたものが「下肥(しもごえ)」というものだそうです。

この下肥を畑に撒くことで、作物がたくさんとれる。その作物を人々が食べて、また排泄したものを下肥にして作物を育てる。たしかに循環しています。このサイクルで、当時、世界最大の人口を誇っていた巨大都市の江戸は成り立っていたそうです。

このような下肥の話をすると「不衛生だ」という意見もでるかもしれませんが、当時のヨーロッパでは排泄物はそのまま道に流していました。たとえば、今でもフランスの街並みをみてください。道路の石畳を見ると中央がへこんでいて、排泄物が中央の溝を流れるようになっていたことをうかがわせます。それに比べれば江戸の街のほうがはるかに衛生的といえるでしょう。ヨーロッパに比べて伝染病も少なかったのもうなずけます。

さらに、江戸において世界最先端のSDGsを実践していたことを示すのが「江戸前の海」、つまり東京湾だそうです。江戸時代に環境保護などという発想がないので、生活で出たごみは東京湾に流されました。しかし、今みたいにプラスチックなどなく、すべては有機物なので、それが栄養になる。東京湾に適度な量の有機物が入れば、プランクトンが発生し、それで魚も増えるということで、人々の豊かな漁場となったということです。

そして、人々は肉を食べずに魚を食べていたので、家畜を育てるための飼料も不要で、その点でも持続可能であったといいます。広大な牧草地を必要とすると、牧草地を広げるために環境破壊も起きる、天候不順になると飼料も作れないので、飢餓のリスクも高まります。その点、魚は海に任せておけば自然に育ち、人々は漁をするだけでいいのですから簡単です。

江戸の人が意識が高かったとか、環境保護を考えたとかは一切ないと思いますが、いろいろな要素や偶然が重なり、持続可能な社会ができあがったのかもしれません。もっと深く知りたくなりました。

池田氏は、遺伝子組換え食品や培養肉に賛成なようで、その点、私はまだ懐疑的なのですが、江戸の街に対する分析には共感できる点が多くありました。江戸の研究の入口としては大いに参考になります。