スペシャリストのすすめ

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縄文時代の食生活は「糖質制限」

縄文人の食生活を考えてみると、糖質というものを摂る機会はほとんどなかったといえます。当時を考えると、現代のように「主食」として穀物を多く摂る食生活のほうがむしろめずらしいといえます。

この日本食における「主食」という言葉が厄介ですが、フランス料理などにはありません。フランス料理では、プラ・プリンシパル(plat principal)というのはあります。これはいわゆる英語でいうところの、メイン・ディッシュ(main dish)です。そして、通常は肉料理か魚料理です。もちろん、パンはありますが、それは「主食」ではなく、プラ・プリンシパルに添えられるものという程度の位置づけです。この点、日本食におけるお米のポジションとは大きく異なります。

京都市にある高雄病院は、糖質制限食を実践して、すばらしい成果を出している有名な病院になります。理事長の江部康二氏の著作『主食を抜けば糖尿病は良くなる!〔新版〕』(東洋経済新報社、2014年)に詳しい実績は述べられていますが、とにかく糖質制限食を実践した糖尿病患者は、みな劇的に改善しているという事実があります。

糖質制限食がどうして効果があるのか、江部医師が縄文時代の食生活を例示してユニークな説明をしてくれます。

人類が誕生してから約700万年といわれていますが、農耕により穀物の栽培がはじまったのは1万年ほど前であり、それが定着したのが4千年から5千年前です。つまり、二足歩行を開始した人類が、穀物を常食していのは人類の歴史の1000分の1程度の期間ということになります。縄文時代の人は狩猟と採取を基本に生きており、このような状況では、糖質の多いものを食べて血糖値を上昇させることはほとんどなかったと想定されます。

人の体は糖質を摂ると、すい臓からインスリンを分泌して、それをすばやく体脂肪として蓄えようとします。これは、糖質を摂るということがエネルギーの貯蔵のための、めったにない好機だったからです。言い換えれば、人体にとって糖質代謝の回路はそのようなチャンスにのみ発動する特別な回路であり、本来的には働くようなものではなかったということです。ところが穀物を常食するようになると、糖質代謝の回路が頻繁に働かなければならず、すい臓の機能も常に稼働するようになったといことでしょう。

江部医師は、このような背景をもとに、現代社会で糖尿病が急増していったのは、人体が本来備えている能力以上に糖質代謝の機能を酷使したためではないかと指摘します。そして、糖質や脂質などを摂ると、人はそれをブドウ糖と体脂肪という形で蓄えます。ブドウ糖は糖質の一種で、体脂肪は脂質ですが、主にエネルギー源として活用されるのは脂質だということがわかっています。ブドウ糖はサブにすぎないそうです。補完的な機能です。

それなのに、現代人はサブの機能ばかり使って、メインのエネルギーを使っていないことになります。糖質を制限するという治療法は、本来サブ機能だったブドウ糖代謝を休息させて、メインである脂質代謝の回路を活用しようとするもので、理にかなっているといいます。そのことを考慮すれば、糖質制限という食事療法は、人体にとって縄文時代のような自然な食生活へと回帰するだけだともいえます。特別なことではないということです。現代医学の常識からすると、糖尿病にはカロリー制限や低脂質が対処法でしょうが、実は誤っている可能性も十分あるということが、江部医師の研究や臨床から示唆されることになります。ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー源だという説も怪しくなってきます。