スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

人工知能時代の大学教育の役割

学びながら働き、自己実現と社会貢献をと提言するのは、社会人教授の宮武久佳氏です。著書『「社会人教授」の大学論』(青土社、2020年)の終章に掲げられた六つの提言の一つに、大学は「在学期間10年を標準に」というのがあります。大学は高校を卒業した子どもが4年間学ぶところではなく、いろいろなバックグラウンドの人が10年かけて学べるところとします。

私は宮武氏の提言に賛成です。一般的な大学が4年間で124単位とれば卒業できるとしているところを、10年間で124単位としてもよいと思います。そもそも年間授業料という制度をやめて、単位ごとに授業料を支払う制度にしておけば、在学期間が10年である必要すらありません。20年かけて124単位をとって学士号を取得するというのはあってもよいと思います。

経済的な理由で高校卒業後に大学に行けなかった人などは、働きながら単位を取得していくことができます。働いて経済的な余裕ができた年は、多めに単位をとる。あるいは、子育てで忙しい時期であれば、単位数を減らしておくというのも想定されると思います。

また、会社側も自社の従業員のスキルが上がれば、自社の業務の生産性が上がるわけなので、働く環境を整えて、学びの機会を提供していくとよいと思います。大学側も一部でオンライン授業も導入しながら、社会人学生が学びやすい環境を整える必要があるでしょう。そうすることで、地方の大学も首都圏や大阪を中心とする関西圏の社会人も取り込むことができると思います。

たとえば、私自身も次が情報セキュリティを学ぶ必要があると考えました。そのとき、全国の大学を調べると、岡山大学長崎県立大学などで研究が盛んであることを知りました。横浜在住の私が普通に通うのは難しいでしょうが、オンライン授業であれば可能です。情報学というのが、オンライン授業に馴染むのかは検証が必要でしょうが、検討の価値はあります。また、学士と修士と博士では、それぞれ、どれがリモート授業にふさわいかの検証も必要だと思います。しかしいずれの場合も、自分の実体験で「できない」と結論付ける必要はありません。とりあえずやってみるということでもいいと思います。

1992年に18歳人口は205万人いましたが、文部科学省の分析によると、2030年には約100万人にまで減少します。そして、2030年の大学進学率を60%と仮定するのであれば、60万人なので、ちょうど現在の国公私立大学の募集人員の60万人と整合します。理論上は希望者全員が大学に行けるといのは良いことですが、貧富の格差がさらに進めば、経済的な理由で大学進学を断念する人は増加すると思われます。

これからの大学は、18歳人口をみて経営を考えていては手詰まり感でいっぱいだと思います。あらゆる年齢層をターゲットに、システムを作り変えていく必要があるでしょう。ある大学で学士号を取得した学生が良い大学であったと思えたなら、修士号で戻ってくる。あるいは、博士号で戻ってくるという発想が必要だと思います。リピーターをどれだけ作れるかという、ビジネスにおけるマーケティングと同じ理論です。18歳人口という基準を捨てて、「実人数」ではなく「延べ人数」で考えるということです。英会話学校等の経営者であれば、そのような視点を持っていると思います。

人生の18歳から22歳の間の1回切りしか高等教育を受ける機会がないというのは無理があります。これからますます人工知能やロボットが仕事の現場に導入されて、一時的には多くの人が職を失うでしょう。しかし、そのような人工知能やロボットとうまく付き合いながら、自らは創造的な仕事をしていくために、さらに技術を磨くことで、その悲劇は回避できます。

稲葉振一郎『AI時代の労働の哲学』(講談社、2019年)によると、人工知能が産業の現場に導入されると、長期的には生産性が上昇して、一人当たりの所得は増えるといいます。しかし、人工知能は誰かが所有する財産なので、それが生み出す富は、その所有者に多く還元されてしまうということです。放っておけば資産を持たない労働者は、人工知能による生産力の上昇による恩恵を受けられないことになるので、創造的な仕事にコミットできるようにならなければならないといいます。これは、社会に出てからも、自分の技術を磨き続ける必要があることを意味します。場合によっては、自分の専門分野を成長分野にシフトしていく必要があります。そのように考えると、大学が再教育の場を提供するというシナリオは十分あり得ると思います。