職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

リスクマネジメントとしての多言語学習

なぜ日本が第二次世界大戦で負けたのか、という問いに対して、ユニークな仮説があります。それは当時の軍人の留学先が、ドイツ、フランス、そしてロシアだったため、イギリスやアメリカの実力を軽く見ていたのではないかといものです。

江利川春雄『英語と日本軍:知られざる外国語教育史』(NHKブックス、2016年)によると、第二次世界大戦前の陸軍大学校の学生の留学先は陸軍大国の上記の国々でした。

結果的に、アメリカやイギリスを軽視する人材が軍の中枢部を占めるようになり悲惨な太平洋戦争に突入して敗戦しているということです。

たしかに、英語を学んだ者の中にはアメリカやイギリスの国力や軍事力を十分理解して、英米との開戦には消極的だったようです。

敗戦直後の米軍がまとめたレポート、United States Strategic Bombing Survey. (1946). Japanese military and naval intelligence division. Washington: U.S. Govt. Print. Off. において、アメリカやイギリスに対する情報分析が圧倒的に不足していたことが指摘されています。

軍の指導者はドイツが勝つということを断定し、連合国の生産力・士気・弱点に関する見積もりを過小評価していたとされます。

そして、軍の幹部はドイツ語を学んだもので占められ、ナチス・ドイツに心酔し、アメリカやイギリスの実力を甘く見ていたこと報告されています。

ここからは現代社会です。ビジネスでは実質的に英語が「公用語」になってしまい、日本人も他の言語を学ばなくなりました。

そのため、どうしてもアメリカしか見ていない状況が生じていると思います。「欧米では・・・」とか「・・・がグローバル・スタンダードです!」という発言をする人が多いのもその現われかもしれません。ヨーロッパとアメリカは別物だし、世界標準など存在しないはずなのにです。

外国語教育の偏向は世界観の偏りと硬直化を招き、柔軟な発想を失わせます。お金を稼ぐために英語を学ぶことは仕方ないとしても、リスク管理の観点でも多言語学習は必要なのだろうと思います。そして、自分の人生観までも英語の世界に奪われてしまわないように注意したいものです。

 

社外取締役は割りがいいバイトか?

ではありません。言い方によっては、ギャンブル性のある賭けと言えるぐらいリスクの高いお仕事です。責任限定契約があるので、責任追及されたとしても、役員報酬の2年分までしか損害を負わないと理解していると誤ります。

「500万円の報酬だから、どうせ1000万円まで責任をとればいいでしょう」ということにはなりません。この責任限定契約は、あくまでも「対会社責任」についてのみ対象となり、「対第三者責任」には適用されません。

「対会社責任」とは、会社訴訟や株主代表訴訟です。会社や株主が社外取締役を訴えた場合の責任のことを「対会社責任」といいます。株主代表訴訟の「代表」は、会社を代表して株主が訴えているので、株主代表訴訟も「対会社責任」となります。

一方で、注意しなければならないのが、「対第三者責任」です。典型的なものには「証券訴訟」があります。日本では聞きなれないかもしれませんが、有価証券報告書などの虚偽記載で、金融商品取引法違反を問われた場合の責任が「対第三者責任」になります。

日本における事例では、ライブドア事件、ニイウスコー事件、アーバンコーポレーション事件などがあります。株主や投資家が、虚偽記載によって社外取締役を含めた役員を訴える責任追及のことを「対会社責任」といいます。ニデックの虚偽記載もこれから訴訟になりそうですね。

これらの責任追及に対しては、責任限定契約は適用されないので、社外取締役が責任追及訴訟で全資産を失うリスクがあるわけです。

社外取締役のリスクが高い理由は次の点です。
・社外も含めて取締役は相互監視義務がある(執行役にはない)
・金商法上「相当の注意」をしていれば責任を免れるが、裁判所の判断にもゆれがある
・業務執行していないので不正があっても気づきにくい

社外取締役を含め取締役は相互に監視・監督義務があるので、お互い疑った目で見る必要があり、その点、楽しい仕事とはいえません。

決算等に不信な点があれば必ず質問をし、取締役会の議事録にも残してもらう必要があるので、自分を守るための行動が必要です。これも楽しい仕事とはいえません。

このように書いてくると、やる気もなくなるかもしれませんが、上場会社という「公共の器」通して、社会に価値を提供していくという崇高な使命があると考えれば、やりがいのある仕事でもあります。そのような夢がある人であれば、社外取締役というお仕事は楽しいのではないでしょうか。

 

教育は「国家100年の計」のはずなのに

わたしが書籍やコミュニティを通じて多くの人に「社会人大学院というものが世の中にあるよ」ということを伝えたかったことの1つに、貧困の連鎖を断ち切りたいという思いがありました。

教育は消費ではなく投資であり、将来の所得を押し上げる効果があるのは、経済学における実証研究でもあきらかです。わが家もできる限り3人の子どもの教育費は工面してあげたいと思っています。

問題は、わが家は「何とかしてあげられる」かもしれませんが、かなりの数の家庭で「何ともできない」という事態があるということになります。

小林雅之『進学格差 - 深刻化する教育費負担』(ちくま新書、2008年)には次のような事例が紹介されています。
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沖縄県出身の佐和田篤さん。進学した弟の入学金が足りず、母は篤さんの奨学金を当ててしのいだ。無理をしてくれた親のためにも卒業はしたい。教育実習も終えた。だが10月、学費滞納で除籍という通知が届く。帰省した息子に両親は、「ごめんね」と繰り返し、篤さんは「僕が進学しなければ良かったんだと」と自分を責めた(毎日新聞)
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同じ親として涙がでるんですね。日本は、家庭が教育費を負担するという固定概念があり、これがかなり強固です。本来、教育は「国家100年の計」ということで国が面倒をみるべきだと思います。

現に成熟したヨーロッパ大陸の国々では、授業料は無料の国がほとんどです。なぜ日本で同じことができないのか憤りを感じます。

しかし、そんなネガティブな感情を持ち続けていても仕方がありません。そこで、以下のような点で、何かしらの理由で大学進学機会を失った社会人にとって、大学を飛び越えて大学院に行ってしまうメリットがあることを情報として届けたいと思いました。

・大卒ではなくても実務経験があれば大学院に進学できること
・入学試験も面接のみで受験可能な大学院もあること
・大学院は1対1の論文指導による論文執筆で論理的な思考能力が鍛えられること

自分で稼いだお金で大学院に行く分には、誰にも迷惑はかけないし、文句も言われません。そして、家庭の事情で進学できないという人がいない社会になることを切に願います。

 

なぜサイバーセキュリティ研究は難しい

サイバーセキュリティ研究は、方法論や理論的枠組みが十分に発達しておらず、工学・法学・経済学・経営学・国際政治学などの複数分野にまたがるため、統一的な学問体系を作ることが難しいと指摘されています。

たとえば、ランサムウェア、サプライチェーン攻撃、ゼロデイ攻撃、AIを利用した攻撃などは数年で主役が入れ替わります。つまり、「現象が理論より速く変化する」のです。

経済学なら100年前の理論が今でも使えます。会社法も戦後アメリカ法の影響を強く受けましたが、その源流は明治時代からの旧商法です。

しかしサイバーセキュリティは「去年の教科書が古い」という世界です。そのため実務家は「最近起きた事件」を素材に説明せざるを得ず、理論的・体系的な検討が十分できていないという事態に直面します。

一方、研究者は事故対応を含む実務経験がないので、実践的な論文や書籍を書きにくいといえます。

よって、何かしら本物の実務家と研究者が協働する必要のある分野の典型なのではないかと思います。

このように、サイバーセキュリティの理論や体系を構築するのはとても難しいわけですが、最近起きた事件を解説されても、それはニュースを見ればわかることなので、ここは少しでも理論的・体系的な整理が必要になると思います。

 

日本保険学会で報告デビュー!

昨年のシンポジウムで報告し、その後、論文掲載の予定でしたが、病気で寝たきりになり実現しませんでした。当時、緊急事態にもかかわらず、迅速に対処いただいた同志社女子大学・大倉真人先生にはお礼の言葉もありません。

今回は、初めての学会報告で、事務局にも調整いただき、論文も機関誌に掲載いただくことになりました。もう「がんばる」ことはやめて、周囲に助けられながら軽やかに生きいこうと思います。

報告はハイブリット形式で対面とオンラインでの参加が可能です。また、会員以外の方にも開かれているので。ぜひご検討ください。

日時:2026年9月11日(金)15:00~18:20
場所:損保会館(東京・御茶ノ水)
16:10~17:10 報告2 
 テーマ:「D&O保険のグローバル保険プログラム」
 報告者:山越 誠司(オリックス) 
 司会者:李 芝妍(東洋大学)

------ ここからはお知らせです -------
日本保険学会は、700名以上の大学関係の研究者と実務家が参加しておりますが、会員を増やしたいという意向もあるということで、会員を絶賛募集中です。

実務家が470名と実は純粋な研究者よりも実務家が多い学会になります。年会費6000円で、「保険学雑誌」という機関誌が年4回送られてきます。会員名簿ももらえるので、「この人も会員だったんだ!」という意外なつながりも見つけられます。

学会の特徴は、法学分野および経済・商学分野の混合で、保険数理士などの数学系の方もいるという学際的な点が挙げられます。よって、保険学雑誌の論文も興味深いものが多いです。また、80年以上の歴史がある古い学会のようです。

入会には会員2名の推薦が必要なようですが、1人はわたしとして、もう1人は事務局で調整してくれると思いますので、ぜひ事務局にご連絡ください。

申込および連絡先はこちら↓

www.js-is.org

 

デジタル案内板で感じる京急の遊び心

京急本線の上大岡駅で、むかしながら反転フラップ式の案内板を見つけました。実はこれ、デジタルでむかしのパタパタ回転する案内板を再現しているだけなのです。

https://www.youtube.com/watch?v=rwk7pekl-sw

この案内板を社内で立案して、稟議をあげた担当者の「遊び心」には感服いたします。冷静に考えれば単なる無駄で、売上に何も影響しないと上席者に切り捨てられるかもしれない案件です。

ほとんどの従業員がやるかどうか躊躇する企画でしょうが、ダメ元でやってみようという社風なのかもしれませんね。承認した上席者も立派だと思います。

このような企画は、やっている当人たちの「ワクワク感」が伝わってきます。仕事とは、厳しく苦しいだけではないということを示す典型ではないでしょうか。

よくよく見ると「久里浜工場」のような、いつ使うことがあるのかと思うような表示もあり、なかなか凝っています。

また、京急各駅の電車接近時のメロディーは、ご当地にちなんだ曲が採用されています。たとえば、小田和正さんの実家のある金沢文庫駅は、ご本人の曲の「MY HOME TOWN」、山口百恵さんの出身地の横須賀中央駅は「横須賀ストーリー」などです。

重要なことは、売上にも利益にもならないと切り捨てるのは早計だということです。このような粋な企画に対して好意的なファンは、京急沿線に住むかもしれません。あるいは、ひとつ株主になってみようか、と思う人も出てくるかもしれません。

利用していて楽しいとか、ホッとするとか、興奮するというのは大切な要素だと思います。これはあらゆる業種に通じる真理ではないでしょうか。従業員のワクワク感は、顧客に伝播すると思います。

 

AIの普及で資本主義は静かに終わる?

妻がフランス人なので彼女は日仏文化交流ができる事業に取り組んでいます。そこで先日、Wixというホームページ作成ツールでAIを使い、リンクのHP作成を手伝いました。

www.sakura-loire.com

かかった費用は、ドメイン代の約2万円だけだと思います。これを業者に頼んでいれば、最低でも10万円はとられたと思います。わたしにとっては安くできてよかったです。

でも冷静に考えると、日本経済は10万円の売上を失っています。日本人がみんなAIを使って、自分で物事を完結できるようになれば、日本の売上が下がり、日本のGDPも下がることになります。

そこで、仮説としてAIの普及により経済が縮小し、資本主義というものが成り立たなくなるのではないかということが言えないでしょうか。

たしかに、わたしは約8万円を節約できた。その分を本の出版・旅行・外食・投資など別の用途に使えば、その業界の売上になります。つまり、GDP全体では「どこにお金が流れるか」が変わるだけという見方もできます。

ところがAIは、翻訳・デザイン・プログラミング・ライティング・会計・法律文書・ホームページ制作など、あらゆる知的サービスを少人数・低コストで提供できるようにします。つまり、産業革命のときのように、新しい産業も生まれないので既存の付加価値そのものを圧縮する可能性があります。

一方、わたし自身の満足度は下がっていません。むしろ、安くできた、思いどおりに修正できた、すぐ公開できたということで、満足度は向上しています。つまり、「GDPは下がっても、豊かさは下がらない」ということかもしれません。

何だか書いていてかわからなくなってきましたが、ベーシックインカムという選択肢も含めて、次の世界のことを考えたほうがよいのかもしれないと思いました。