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「糖質制限」説を封じ込める医学会

最近でこそ「糖質制限」という考え方が市民権を得てきているようにみえ、書籍もいくつか出版されています。しかし当初は、たとえば、妊娠糖尿病などの治療に糖質制限などと言おうものなら、医学会などでは大変な剣幕で怒鳴られたそうです。そのような経験を披露されるのは、医師の宗田哲男氏で、ご本人の著書『ケトン体が人類を救う』(光文社新書、2015年)に経緯が詳述されています。

宗田氏は研究者仲間と実証研究の結果を学会で発表しようと試みます。内容は、妊婦の糖尿病に対して糖質を制限することによって病気が治癒したというものです。お米やパンを食べずに、肉などを食べるということを実践します。その効果を計測した結果、とても肯定的な成果が得られています。糖質にあたる米やパンをやめると、速やかに血糖値は下がるという至って簡単なことですが、これが学会では不評で、それどころか脅しや妨害が入るというのです。

一般的に糖尿病患者には、カロリーが高いから肉や油は少なくしなさいと指導しますが、宗田氏の研究結果からするとまったく無意味だということになっています。今までの理論を覆す糖質制限による治療は、過去の理論を実践してきた医師や研究者にとっては受け入れ難かったのでしょう。それだけならまだしも、その人たちが宗田氏らの研究成果を潰しにかかったというのは残念でもあり、予想できることでもあります。

実際、2013年の日本糖尿病・妊娠学会では、宗田氏らの研究の発表機会は提供されず、ポスターセッションという簡易な数分の発表が許されただけということです。しかもその発表の最中に学会長以下100人もの群衆が押し寄せて「ケトン体が高いと知能が低下する!」、「妊婦に糖質制限などやって、どう責任をとるのか!」、「こいつらを倫理委員会にかけろ!」、「処罰しろ!」というヤジが飛んだそうです。学会会長も大声を出して怒鳴り込んできといいます。

糖質制限やケトン体については、とても重要な内容ですが、話が複雑になるので説明は別の機会にゆずります。問題は、この宗田氏の学会での経験が事実であるなら、学問の発展の可能性を摘む行為となります。まったく品格のかけらも感じさせない学会員たちの行為を知ると、私などはその人たちの見解は信じるに値しないのではないかと思ってしまいます。誰もが未知の世界に対して心を開いていない限り、医学の発展はないと考えるからです。

それにしても、過去に出来上がった多数説はなかなか崩すことができません。理由はその説をベースにして、治療法や医薬が開発されて実践され、製薬会社からも多額のお金が投入されているわけで、今さら過去の治療法が意味がありませんでした、とはいえないからかもしれません。

仮に過去の治療法も正しかったとして、新しい発見をして学会で発表しようとする人を威圧し、その説を封じ込めるようなことが医学の世界で起きていいのかと疑問に思います。一般に人からすると、医学会の人たちは、人一倍勉強して、人類の発展のために研究に没頭する立派な方々というイメージがあると思います。しかし現実は、宗田氏が経験したような、半分暴力団のような人たちが医学の世界にもいるということでしょう。もちろん良識があり謙虚で、人の意見も良く尊重する人もいっぱいいるとは思いますが、意外にも(想定通り?)「先生」と呼ばれる人たちの本性はこのような場面で現れるものだと思いました。