職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

医学博士は医療の専門家ではないのか

外科医の大鐘稔彦『私が"足の裏の飯粒"を取らなかった理由』(アートヴィレッジ、2021年)によると、医者の二人に一人は博士号を持っているという。コロナでテレビ解説に出てくる専門家に医学博士は多いが、そんなに意味のあるものではないということだろか。私たちは肩書に迷わされることがあるが、しっかり当人の技量を見極める能力を自分で培っていく必要がありそうだ。

大鐘氏がある大学の教授に自身の書籍のゲラ刷りを提示したら、内容がすばらしいということだったので、学位論文としてもらえないかと依頼したそうである。すると教授は苦笑し、学位論文としては分量が多すぎ、内容も多岐にわたりすぎているので、もっと絞らないと、ということだった。そして、たとえばこんなふうにといって示された論文は、図表を含めてB5版のプリント27枚。内容はリンパ濾胞の大きさを事細かに分類して数値を並べたてており、一見学術的な体裁だが、数字の羅列に審査に当たった他学部の教授たちは、専門外でもありろくすっぽ目を通していないだろうという。

医学博士というのは、医者のうち半分は医学博士で、さして得難いものでもなく、大学院に進めばほぼ自動的に得られるし、医局に入っておとなしくボスである教授のいうことを聞いていればもらえるものという。たしかに、医師は医師国家資格に合格し、厚生労働大臣から免許をもらう必要があり、医学博士とは別物である。医師国家資格の受験資格は、6年制の大学医学部を卒業した者であり、学位であれば学士号で条件をクリアしていることになる。そうすると、博士号のない医師がいることと、医師で博士号を持つ者がいることになる。また、博士号はあるが医師免許のない者もいる。その者は医師ではなく、医学分野の研究者ということであろう。

この点、外科医である大鐘氏の問題意識は明確で、外科医たるもの、手術手技の修練が一番である。そのことをそっちのけで病理学教室に通い、顕微鏡をのぞく生活を二年、三年と続けなければ博士号は手に入らなので、その若い時代の、二年から三年の差は大きく実力差となってあらわれるという。臨床医としての力も未熟なまま「医学博士」と名刺に刷り込んで病院に勤めてどうするということである。たしかに正式には「博士(医学)」であり、学術的に医学の分野の研究ができることを証明するかもしれないが、名医であることを保証しないということであろう。

そんなに、博士(医学)が多いのかと思い、国立情報学研究所のデータベースで調べると、すべて網羅できていないかもしれないが、過去の累計件数がわかった。まず、医学は29万件の博士号取得者が出てきた。それに比較し、工学では13万5,000件、理学で6万6,000件であった。文系はもっと少なく、文学で1万6,000件あるものの、法学5,500件、経済学8,000件、商学2,000件と極端に少なかった。そう考えると、まずは臨床での実力が評価され、それをフォローするように学位があるのであればいざ知らず、テレビに登場する臨床での実績がない医学博士のコメントを鵜呑みにするのは慎まなければならない。また、学問分野によってこんなにも違いがあることは一般の人が気づかない盲点でもあると思った。普通は医学博士と聞けば、突拍子もない実力がある人と思うはずなので。