スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

社会人大学院生が増えるために

向後千春「社会人の学び直し - オンライン教育の実態と課題」日本労働研究雑誌721号(2020年)を読む機会がありました。本論文によると、大学院における社会人の数は2000年から2008年まで増加しましたが、それ以降は増加していないということでした。
論文 社会人の学び直し──オンライン教育の実態と課題|日本労働研究雑誌 2020年8月号(No.721) (jil.go.jp)

2000年に増加に転じたのは、大学院重点化という文部科学省の施策のおかげだと思います。定員を増加し、教員も大学の学部教育から大学院教育にシフトしていったのでしょう。このころから「○○大学教授」ではなく、「○○大学大学院教授」という呼称が増えたと思います。

当時は、大学院制度の弾力化を目指して、博士課程の目的を研究者養成だけでなく、社会の各方面で活躍できる高度な人材の養成とすること、大学院教員として優れた知識経験を有する社会人の登用、夜間修士課程の設置などが提言されていたそうです。

しかし2008年以降、社会人学生の増加は頭打ちになったわけですが、振り返ってみると、当時の金融危機の影響は大きかったと思います。大学院どころか、そもそも仕事を失う人も増えたわけで、自己啓発や学び直しどころではなかったのだと思います。そこで冷めてしまった社会人は、その後も大学院に戻ることはなくなった。

2018年の内閣府「経済財政白書〔平成30年版〕」において、自己啓発・学び直しを行った人は、しなかった人よりも年収が2年後で約10万円、3年後で約16万円増えているという調査結果を示しています。しかし、社会人が大学院に戻ることはない。彼らを躊躇させている障害は何なのでしょう。

2016年の文部科学省の調査によると、学び直しの阻害要因としてあるのは、費用が高すぎること、勤務時間が長くて時間がないこと、自分の要求に適合した教育課程がないこと等が挙げられています。すなわち、「高い、忙しい、自分に合わない」ということです。

この「高い」というのは事実なので仕方ありません。一方、「忙しい」は言い訳かもしれませんし、「自分に合わない」は先入観の可能性もあります。そうすると、「高い」という問題を解消すれば、社会人大学院生は増えるのでしょうか。そうかもしれません。

しかし、私が最大の障害だと思うのは、企業の姿勢だと思います。社会人の生涯教育を積極的に支援していこうという企業風土は、まだまだ日本では脆弱です。OJTが主流の日本企業において、外部の高等教育機関を活用しようとはしていないし、そもそも信頼していないのではないでしょうか。そのような発想の日本企業に所属しながら、社会人が大学院に進学するというのは、結構勇気がいることなのだと思います。

私の場合、英会話学校に通うのに、会社に許可をもらう人はいないのと同じで、自分の意思で研究するのだから、好きにさせてもらいました。また、そのようなことでもまったく問題ない職場環境でもあり恵まれていました。しかし、これはかなり例外なのかもしれません。より日本企業が自社の従業員の自発的な学び直しを支援し、多くの社会人が自己研鑽のために投資をすることができるようになればいいと思います。