職人的生き方の時代

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人生で大学に三回入学する

大学に三回入るとはどういことか。吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書、2016年)によると、OECDの2011年のデータ等に基づくと、日本の大学の25歳以上の入学者が占める割合はわずか2%しかいない。世界の先進国でこれほど低い割合の国はないという。

その他の国の25歳以上の割合は、スウェーデンフィンランドノルウェー、スイス、オーストラリア、そしてアメリカは約25%、イギリスは約20%、ドイツは約15%なので、日本が突出して低い割合であることがわかる。別の視点でみると、日本の大学で学んでいる学生がいかに同質で、年齢構成に多様性がないかということがわかる。そしてこのような日本の大学事情を踏まえて、吉見氏は人生で大学に三回入ることを提唱する。一回目は、今まで通り高校卒業後の18歳くらい、二回目が30歳前半、三回目が60歳前後とのこと。

まず一回目は、今までの大学生と同じで、高校卒業後に高等教育を受けたいという人が入学してくるタイミング。次の二回目は20代である程度の職務経験を積んで、自分の仕事の可能性と限界が見えてきたところで再考するタイミング。そのまま、組織の中で課長へ、そして部長へという単線的な道を歩むのか、それとも一回しかない人生に違う人生を選ぶのかを決める時期。あるいは、複数の可能性を確保する時期かもしれない。それが30代前半。そして、三回目は、職場でのキャリアをほぼ終え、定年を迎える時期。しかし、昨今は多くの人が75歳くらいまで元気なので、残りの15年を全力で何かに打ち込むために、その土台作りに60歳で大学に入るということになる。

このように、二回目と三回目の大学入学という潜在的な需要は膨大なものがあるという。そこを掘り起こすことで大学の存在価値を再構築できるのかもしれない。もちろん、人によって学び直しのタイミングや動機は異なるので、かならずしも30代前半、60歳前後ということにはならないかもしれないが、その年齢層が人生をリストラクチャリングするタイミングにいる人たちであることは十分あり得ることだと思う。

私の場合は、大学卒業後にそのまま大学院に行くことにしたので、二回目の入学というのはなかった。しかし、30代前半のときに伝統的日本企業を辞めて、自費でカナダへ学生ビザで渡航し学んだ。語学コースを受講し、そのまま大学院へも行くつもりであったが、銀行の預金残高がまたたく間に減り、1年足らずで急いで帰国し職探しをした経緯がある。日本で再就職後も、すぐに大学院博士課程で学ぼうと受験するものの、試験当日に激烈な体調不良に見舞われ、結局進学は実現しなかった。しかし、30代前半というのは、自分の進むべき道をあらためて選択し直す時期なのかもしれなし。

一方、私は60歳にはまだ時間があるものの、50歳過ぎてから博士課程に入学し、学びの機会を得た。授業では、20代前半の学生や留学生と一緒になるが、優秀な若者と議論するのは楽しいし、彼らも私を通して、自らの将来像を描けるのであれば、双方にメリットがあるのかもしれない。そのような意味で、吉見氏のいう人生で大学に三回入るというのはあり得るシナリオで、その潜在的な需要があるのであれば、大学側はそこに資源を投入して、体制やカリキュラムを再構築する必要がある。また、学ぶ側の人は人生の再構築に大学を活用することを選択肢に入れてもよいのかもしれない。

ただ、日本政府に一言申し上げたいことがある。それは日本の高等教育にはお金がかかりすぎるということ。教育への投資は、日本の未来への投資であることを考え、国の予算の配分を再検討をすべきだと思う。ここが解消されない限り、多くの人は二回目、三回目どころか、一回目の大学入学もためらうことであろう。私が最も残念に感じることは、一回目の入学すらあきらめている若者がどれほどいるのかということ。また、そのことを知ったとしても自分には何もしてあげられないということである。