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自由を奪われたメルボルンの人々

オーストラリアのメルボルン在住の知人から Topher Field, Battleground Melbourne Full Trailer, 10th January 2022 という動画を受け取った。政治的要素があるかもしれないことを割り引いても、オーストラリアの人権に関する状況が危機的なのではないか、ということが伝わってくる。

Battleground Melbourne Full Trailer - YouTube

最初に出てくる男性は、元ヴィクトリア警察の上級警察官だったCraig Backman氏で、ヴィクトリア警察の指示に従って市民の人権を侵害をするような取締りを拒否した人物である。その他、何人かの証言があり、記者会見しているのがヴィクトリア州知事のDaniel Andrews氏。徹底的・長期的ロックダウンで市民の自由を奪った人物といってもいいであろう。

※ 試写会バージョン: Topher Field, Battleground Melbourne Documentary 'FRIENDS & FAMILY' Pre-Release, 13th January 2022.

Battleground Melbourne Documentary 'FRIENDS & FAMILY' Pre-Release - YouTube

特にメルボルンは人気のある街で、住みたい街の上位に出てくることが多かったはずである。そのヴィクトリア州でなぜこのようなことが起きたのであろうか。完全に自由が奪われたという印象である。その謎を解明しようと調べてみることにした。

まず、オーストラリアの憲法には人権保障が規定されていないという指摘がある。佐藤潤一「オーストラリアにおける人権保障」大阪産業大学論集12号(2011年)によると、たしかに、成文の連邦憲法典を有しているにもかかわらず、まとまった連邦レベルの権利章典が法律レベルでも存在しないという。過去に連邦憲法への権利章典の導入は、何度も挫折してきたそうである。

しかし、ヴィクトリア州に関しては「2006年人権及び責任法憲章(Victorian Charter of Human Rights and Resposibilities Act 2006)」が存在している。幸い佐藤氏による和訳資料がある。

オーストラリア ヴィクトリア州 2006年人権及び責任法憲章 - CORE Reader

前文には、「すべての人は生まれながらに、その尊厳と諸々の権利において自由かつ平等であることを承認する本憲章を制定する」とあり、第7条以下に人権について規定されている。第8条には「法の前での承認および平等」が規定され、第10条には「拷問及び残酷な非人間的な又は品位を傷つけるような取り扱いからの保護」、そして、第12条に「移動の自由」などが規定されている。およそ日本国憲法と変わらない人権規定であろう。

しかし、州知事が決断すれば、これらの権利は簡単に破棄されてしまう。東京都知事憲法29条で保障される財産権、すなわち営業する権利を侵害して、都内の飲食店と対立していたことを思い出せばわかるように、そもそも憲法のことなど頭になく、自らの正義や利害を優先することにより、法を無力化させることができるということであろう。その点、ヴィクトリア州の人権保障規定も他州にない貴重な憲章にもかかわらず州知事によって踏みにじられたといってよい。人権保障規定があろうがなかろうが、時の権力者しだいということなかもしれない。憲法や法律が実現できることに限界があるという、何ともいえないむなしさを感じざるを得ない。

オーストラリアという国でなぜこのようなことが生じたのであろうか。英連邦王国の一つで歴史が浅く、白豪主義潜在的に残っている人種差別的な国だからであろうか。そんなことではないであろう。私には理由がわからない。ただ、一つ考え得る要因として、中国共産党の影響もあり、共産主義思想が知らないうちに浸透していたというのもあるかもしれない。Daniel Andrews氏は、それを体現した一人ということがいえないだろうか。

クライブ・ハミルトン『目に見えない侵略:中国のオーストラリア支配計画』(飛鳥社、2020年)によると、オーストラリアの開放性、比較的少ない人口、大規模な中国系移民、そして多文化主義への取組みなどが、共産主義につけ入る隙を与えてしまったという。たしかに、どの要素も、かつての人気都市を共産主義支配の恐怖に陥れるには都合が良い条件なのかもしれない。

ウォール・ストリート・ジャーナル(アジア・オセアニア)「豪政府に敬遠される中国、まずは州を標的に」2020年6月3日によると、実際に、Andrews州知事連邦政府の意向を無視して、中国との「一帯一路」構想の協定に加わっている。そのためにヴィクトリア州と連邦政府の関係も悪化しているそうである。そして、どうやら2021年に連邦政府によってその協定は破棄されているようだ。
豪政府に敬遠される中国、まずは州を標的に - WSJ

連邦政府との関係性悪化というリスクを冒してまで、中国に便宜を図るということは、相当な見返りがないとできないのではないかと疑いたくなる。この点、背後にある事実関係まで調べることは難しいものの、このような動向を踏まえると、特にヴィクトリア州の政治の世界に共産主義的な思想や力が入り込んでいると考えることもできるかもしれない。

いずれにしても、パンデミックを奇禍としてはじまったヴィクトリア州の過剰なロックダウンや取締りは、我々に自由を奪われるということがどういうことかを容易に想像させてくれる。この事例は、自分の国がそのような事態に陥らないためにどうすべきなのか、ということを真剣に考えるためのメッセージとしては十分な素材だと思われる。