スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

「ディープステート」の挑発に乗らない

2021年7月、とうとうフランスが医療従事者に対するワクチン接種強制とレストラン等の公共の場でのワクチン・パスポートを導入することを決めた。そのことを発表するマクロン大統領の演説は非常に冷たく、ハートがあるとは思えない、まったく共感できないものであった。そもそも、彼はパンデミックの当初から「これは戦争である」と人々の恐怖を意図的に焚きつけていた点、私には違和感のある人物であった。

このような状況になってしまったフランスであるが、1789年フランス人権宣言はどこにいってしまったのであろうか。第1条は次のように規定する。

第1条(自由・権利の平等) 

「人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。」

コロナワクチンを打たない予定の私にとっては、当分フランスには行けないであろうし、フランスという国の気持ち悪さから、今は行く気になれない。フランスの家族、親戚、知人の反応も、どちらかというと「仕方がない」というのが本音のようで、表立って反対を表明する人は、少なくとも私の知る限りいない。むしろ、デモなどで権力に抵抗する人々に対して批判的に距離をおいている人が多い。

なぜだろうか。フランス革命に由来する「自由、平等、博愛(Liberté, Égalité, Fraternité)」は完全に消え去った。ワクチンを打たない、あるいは打てない人々がどれだけ傷ついているのか、想像できないくらい、フランス人全体は追い詰められているということである。これはフランス人だけに限らず、ヨーロッパ人全体が同じ状況であると考えてよいであろう。

冷静に考えてみると、人々をここまで追い詰めるためには、過去から周到な準備と段階を踏んだ仕掛けが必要であったのではないであろうか。フランスを苦しめた大規模テロ、大量の移民・難民の流入、毎週のように繰り広げられるデモの暴徒化など、人々を疲弊させるイベントは次々と起こされた。

まるで憲兵隊の取り調べで拷問を受け、嘘でもいいから自白すれば楽になるという段階まできていたのではないか。しかも、冷静に考えれば、大規模テロも、移民問題も、デモの暴徒化問題も、すべて仕組まれたものと考えることもできる。どの事象も潤沢な資金があれば意図的に起こすことはできる。ただし、証拠をつかみたいが、当然ないので私の仮説でしかないことは認めざるを得ない。

ただし、デモのときにEU各国からまるで専門職のように暴れる暴徒は、強力な財政的な支援がなければパリに集まらない。大規模テロもイスラーム原理主義の信条だけでは起こすことはできずに、大量の武器と警備が厳しいパリにおける緻密な作戦には莫大な資金が必要である。大量の移民を海と陸を通じて移動させることにも財政的なサポートが必要なのは間違いない。そのお金はどこから出ているのか。

ワクチン・パスポートの問題も、ワクチンは安全でパンデミックを終わらせるためには絶対に必要であるという専門家の見解と、ワクチンは危険で人々の健康や命を危機的状況に陥れるという専門家の見解の出所は同じということはないだろうか。対立を惹起するには、意図的に正反対の情報を流すということは非常に有効なはずである。

対立の中にある人々は疲弊してしまい、思考も感覚も麻痺し、直感なども全く働かなくなった。そのステージまで来た段階で、医療従者へのワクチン強制接種とワクチン・パスポートの導入である。

私は、人々を分断し疲弊させることで、権力者の指示を国民が100%受け入れられるまで続くこの挑発に乗ってはいけないのではないかと感じる。今のフランスは、いくつかの反対デモが発生しているものの、総じてあきらめる、あるいはむしろ権力に従うほうが正しいのではないかという思考にまでたどり着いた。私ができる唯一の抵抗は、人権侵害であるワクチン・パスポートが解除されるまで渡仏しない、ということぐらいしかできない。そして、挑発に乗らずに踏みとどまるということくらいである。

一部で、陰謀説に対して鼻で笑ってバカにする雰囲気もあるが、ディープステートは存在しないという証拠はない。むしろ「火のない所に煙は立たぬ」であり、一部の人はその存在を指摘する。私はどちらでもいいと思うが、自分の自己決定権に干渉させないだけの毅然とした意思表示はしたいし、少数派や弱者の人権を蹂躙する権力者に対しては従いたくはないと思う。アメリカの共和党が主導する州では、ワクチン・パスポートは違憲とされた。イスラエルのワクチン・パスポートも解除されたようである。フランスも方向転換されることを祈りつつ、今後の行方を見守りたいと思う。