職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

対立を誘発する洗脳から距離をおく

パンデミックのおかげで、光と影の世界がありそうだ、どうも国家をしのぐ力を持つ存在がありそうだ、自分たちの見せられている情報は中立ではなさそうだ、ということを感じはじめている人が増えているのではないだろうか。世の中の構造が何となくみえてきたが、確たる証拠はないという人々。これからさらに増えると思う。

ここで注目したいのは、私も含めてこのような世界のあり様や社会の仕組みに気がついた人々も、二極性の価値判断に陥りやすいことである。光と影、善と悪、右と左など、どうしても二つの極に整理したくなる。たしかに二つの社会や勢力、組織、人々と分けるのは便利かもしれないが、現実の世界はもう少し多様なのではないか。

この世界のあり様の本質に気がついた人にも意識や認識に違いがある。そして、マスメディアや情報提供のプラットフォーマーも圧倒的な情報量で、その人たちを混乱させる。真実と思われる情報にも受信者を攪乱する要素が入っている。ただ、残念ながら裏付けをとろうとしてもとれない。証拠はつかめないのである。

私が不思議に思うのは、このような情報を作り上げるには、相当な資金力が必要ではないかということ。大手マスメディアが情報操作ができるということは当然である一方で、一個人と思われる人がそのような情報を流すことがなぜ可能なのだろうか。意図的に人々を思考停止させる、あるいは混乱させる情報を作っている人たちがいることが奇異に思われる。金儲けがっ目的か、二重スパイ行為なのかわからないが、本質的なことを無力化するカウンター・インテリジェンスのような活動をしている人たちがいることが不思議に思える。

このような洗脳(brainwashing) によってもたらさるものは、二極性による対立である。社会に相反する情報の流して対立をもたらす。今であればワクチン推進派とワクチン否定派の対立である。どちらも基になった情報が単に対立の構図を作り出すことが目的で、本質的な論点を隠すためのものであったらどうであろうか。私たちは大切なことえを見逃すことになる。

戦争もそうである。苫米地英人戦争論』(フォレスト出版、2015年)でも、ヘイトスピーチを行う集団がなぜ潤沢な資金を持ち、NHKなどが中国の脅威をあおるのは、戦争への誘いでもあるという。もっと大きな絵を基に戦争を眺めると、戦争から莫大な利益を獲得できる「国際金融資本」が存在しているので、洗脳された人々が対立の構図を作り出してしまい、戦争に突き進むことになるという。

また環境問題でも、高島康司『グレート・リセット前夜』(徳間書店、2021年)によると、スウェーデンの環境運動家のグレタ・トゥーンベリの突然の出現も、背後にダボス会議の勢力が支援して、計画的に一人の少女が世界的に注目されるシナリオが存在していいるのではないかという。一例でしかないが、そういう視点で考えると、今流行りのSDG'sなども金儲けの道具でしかない可能性もある。

私には、パンデミックの次が戦争か自然災害なのかわからない。あるいは、それらは、もう始まっているのかもしれないが、そのような社会的な混乱から利益を獲得できる勢力がいることは想定できる。でも庶民としては、その混乱から得るものは多くはない。むしろ失うもののほうが多い。一市民としてできることは限られているものの、もうこれ以上、パンデミックにも戦争にも環境問題にも「いち抜けた!」といいたい。対立をあおることには「もう結構です」とはっきりいいたい。

ただ、最後に二極性から学べることもあることを付言しておきたい。影があるから光の存在も感じとれるということ。悪があるから善の存在にも気がつくということ。そういう視点に立つとあらゆることに感謝できることになる。また、自分自身の中にも両方の性質が備わっているということ。よって、前向きな思いで心を満たし、自分の光の部分にフォーカスすることを大切にしたいと思う。