スペシャリストのすすめ

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まやかしの雇用形態「正規雇用」

正規雇用者」と「非正規雇用者」あるいは「正社員」と「非正社員」、どれも正式な定義は存在していない。強いていうなら、①労働契約の期間の定めがなく、②所定労働時間がフルタイムで、③直接雇用であるのが正規雇用であったり正社員であったりするのであろう。それにしても、正規と非正規、あるいは正と非という表記は、まるで身分を表すかのような印象を与える。この言葉のイメージからまるで前者は保護の対象で、後者は保護しなくてもよいような印象まである。しかし、正しくは契約内容の違いだけであり、身分はまったく関係ない。

労働政策研究・研修機構「諸外国の非正規労働者処遇の実態に関する研究会報告書」(2016年)を読むと、EUでは人種、民族、宗教又は信条、障害、年齢及び性的指向を理由とする差別が禁止されている。そして、同一労働同一賃金の概念が浸透しているといえ、基本給は労働協約による規制によって正規と非正規に賃金格差はない。よって、ドイツでもフランスでも賃金格差をめぐる紛争はほとんどないのが実態である。賃金格差を設ける場合、雇用者側の責任として、単に「勤続期間に差がある」とか「労働の質に差がある」などの抽象的な主張のみでは足りず、その差額がどうして生じるのか客観的に説明することが要求される。

イギリスは少々異なるが、正規雇用者も非正規雇用者も労働法の保護のもとにあり、むしろ多様な働き方としてパートタイム労働はスタンダードな雇用形態になっている。

アメリカは特殊で、処遇の格差は労働市場で調整されることになる。自由競争市場の国だけあり、実力で高い賃金を獲得したければ転職して賃金を上げてくということであろう。ただし、性差別や人種差別、宗教、出身国などの差別は厳しく禁じされ紛争も多い。一方、非正規なので不当だという紛争はない。

このようにみると、日本人がいっている正規雇用と非正規雇用は、諸外国では契約形態の違いということで、本人が好きなほうを選ぶという選択肢でしかないことになる。また、正社員という概念も日本や日本の雇用慣行に影響を受けた韓国だけのもので、英語に正社員の訳語すらない。無理に訳すなら"Seishain"であろう。

さらに海外では非正規雇用のほうが、賃金が高い国も多い。それだけリスクを取っているのだからプレミアムが支払われるのである。雇用者側も自分の都合でそうしているのだから、それだけプレミアムを支払わなければならない。しかし、日本は違う。非正規雇用者は賃金が低くて雇用も不安定ということになる。これでは不公平である。

そして、正規雇用を正式に表現すると「期間の定めのない労働契約」で、それと対比されるのが「有期労働契約」であろう。しかし、日本においては期間の定めのない労働契約も実は期間の定めがあるのである。それは定年である。アメリカやカナダ、オーストラリアなど定年制が違法な国もあるが、日本は定年制が一般的で違法ではい。そのように考えると日本の労働者はすべて非正規雇用といってもいいことになる。

そして、有期労働契約だとしても、判例では契約更新を何回も重ねた場合には、その有期労働契約は「期間の定めのない契約」に転化したものとみなされるという。実際の判例では次のようなものがある。

「期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で労働契約が存在していたといわなければならない場合、雇止めの意思表示は実質において解雇の意思表示にあたり、雇止めの効力の判断に当たっては、解雇に関する法理を類推すべきである」(最高裁第一小法廷 昭和49年7月22日判決)。

「期間の定めのない契約と実質的に異ならない関係が生じたということはできないものの、季節的労務や臨時的労務のために雇用されたのではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、5回にわたり契約が更新されていたのであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めするに当たっては、解雇に関する法理が類推される」(最高裁第一小法廷 昭和61年12月4日判決)。

とにかく、業務が恒常的に存在し、その他正規雇用社員と同じ業務をしている場合、よほど能力に問題があるとか、業務がなくなったとか、会社の経営状況が著しく悪化したような場合でなければ、解雇権濫用法理が適用されて労働者は保護されるのである。

それであれば、日本において公平で透明な労働市場を創造するためにも全員非正規雇用にすべきなのである。全員1年契約にして、好きな働き方を選べることにする。しかも今までの判例法理をさらに拡大解釈し、契約更新の1年目からすべてのケースで解雇権濫用法理を適用する。ただし、当該業務において労働者の能力が著しく不足する場合、業務自体が存在しなくなった等の場合には、雇用者側から事前に解雇通知ができることにしたらよい。

業務遂行に支障をきたしているのに、そのまま当該業務を担当させるのは問題である。また、業務が存在しないのに、会社にしがみつけというのも本人にとって不幸である。組織もどんどん人を入れ替えることで活性化する。日本の非正規雇用から抜け出せない人もいつでもチャンスが与えられる労働市場にしなければならないと思う。非正規雇用の人たちだけが不利益を被る社会に未来があるとは思えない。みんな切磋琢磨して本人が成長し、組織が成長し、社会が成長することは悪いことではない。日本における定年まで安泰だと思わせる正規雇用こそ、労働者に油断と隙を与える、まやかしの雇用形態だといえる。ある意味で労働者に残酷な雇用慣行であろう。