スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

非正規雇用は交渉力のある人のために

有期労働契約は、短期の契約の更新を重ねることにより、正社員より処遇を低く雇用調整をしやすい「非正規労働者」を雇用する手段として利用されてきた。しかし、労働契約法が改正され、2013年4月1日以降に締結された有期労働契約は、5年を超えて更新された時点で、無期転換権が発生することになっている。よって、非正規労働者も5年を超えた時点で無期労働契約を締結し、いわゆる世の中で一般にいわれている正社員となることができる。

しかし、ある労働法の専門家は次のようにアドバイスをする。もし、最初に有期労働契約を選んで、より有利な条件を引き出した専門性のある労働者は、あえて無期転換権を行使しなくてもよい。なぜなら、雇用主との交渉で、たとえば、1年ごとに成果を出し続ける意欲を示しているわけで、無期転換してしまうと雇用主から当初の意思がなくなったのではないかと思われるからというものであった。このアドバイスは、あくまでも専門性を備えた交渉力のある労働者向けである。

私は、非正規雇用というのは、雇用主と条件交渉できる専門職のための雇用形態であり、条件交渉が難しいと人には、やはり無期労働契約とするのが望ましいと思う。つまり、非正規雇用を望まない人は、無期労働契約を締結し正社員になれる社会になるべきと。それが「選択肢のある社会」というものであろう。雇用調整の仕組みとして、有期労働契約を利用するのは、そろそろ終わりにしたほうがよい。

たとえば、「雇止め」の問題は以前からあるが、パンデミックによる不況下で、多くの人が失業し、非正規労働者が多い女性の失業が増えている実態があるとのこと。ただし、有期労働契約だとしても、判例では契約更新を重ねた場合には、その有期労働契約は無期労働契約に転化したものとみなして、労働者を救済してきた経緯がある。有名な判例としては次のものがある。

「期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で労働契約が存在していたといわなければならない場合、雇止めの意思表示は実質において解雇の意思表示にあたり、雇止めの効力の判断に当たっては、解雇に関する法理を類推すべきである」(最高裁第一小法廷 昭和49年7月22日判決)。

「期間の定めのない契約と実質的に異ならない関係が生じたということはできないものの、季節的労務や臨時的労務のために雇用されたのではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、5回にわたり契約が更新されていたのであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めするに当たっては、解雇に関する法理が類推される」(最高裁第一小法廷 昭和61年12月4日判決)。

しかし、これらの判例を知って、雇用主と争ってみるという人は少ないのではないだろうか。世の中にあまり知らされていないのか。

さらに、そもそも契約更新がなくても、初回から解雇権濫用の法理で労働者を救済している裁判例もある。契約締結したときに継続雇用の期待があった場合には、必ずしも反復更新されていなくても、法的保護の値するとしている(龍神タクシー事件、大阪高判平成3年1月16日労判581号)。また、1年目は試用期間と考えるのが相当で、特段の事情がない限り雇止めを実質的にできないという考えも示されている(神戸弘陵学園事件、最3小平成2年6月5日民集44巻4号)。

篠原信貴「雇止め制限」大内伸哉編『有期労働契約の法理と政策』(弘文堂、2014年)によると、このような事例は、更新がされていないか、1、2回の更新だとしても、当初から更新が予定されていたとみられる事情がある等、継続雇用への合理的な期待が労働者側にある場合は、その期待が保護され労働者は守られるとする考えがあるようだ。多くの労働者は契約締結時点で、継続的に雇用されることを期待しているはずであり、雇止めされて人の中にも、本来は法的に救済されてよい人が多くいると思われる。

このようにみると、ますます有期労働契約は雇用主と条件交渉できる労働者のための契約と思えてくる。今現在、非正規雇用の労働者が、このような雇止め法理が存在することを知っていることも期待できないし、いざというときに、労働法の専門弁護士に相談するということもないであろう。年越し派遣村に行かざるを得ない人を少しでも減らすために、交渉力の格差を利用して、これ以上失業者を増やす社会は終わりにしたい。「選択肢のある社会」が来ることを期待したい。