スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

「メンバーシップ型雇用」の行き詰まり

最近、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に日本社会が移行してきているようであるが、しっかり目の前の仕事をして自分を磨いている限り、変化を恐れる必要はない。このメンバーシップ型とジョブ型の違いをうまく表現する日本語に、「就社型」と「就職型」という言葉があり、うまく言い換えていると思う。今まで学生は就職活動をするといっていたが、実は就社活動をしている意識のほうが強く、就職活動ではなかったことになる。そして、これからは社会がジョブ型に移行するのであるから、戦略を変更して職人になるということが必要になってくる。まず、戦略変更の前に現状を確認するために、従来のメンバーシップ型雇用を検証してみたい。

メンバーシップ型の前提であった、新卒一括採用、年功序列賃金、終身雇用、退職金の支給など、日本的な雇用慣行は急激に変貌していくであろう。以下、一つずつみていくことにする。

今後、日本企業は自社の業務に関連のない能力しかない学生を採用する余裕はなくなるであろう。今まではポテンシャル採用であったわけだが、そのようなことはある種の博打のようなもので、数回学生に会って面接したところで、自社で活躍してくれる人材どうかの判断は難しい。しかも一度採用すると日本の労働法は労働者をしっかり守っているので、解雇することも退職を促すことも難しい。よって、本来企業にとっては新卒一括採用などあまりもリスクの高い無謀なことであったといえる。それでは、学生が社会人になる機会がないではないか、という反論があるかもしれないが、そこは職務体験制度を充実させる必要がある。しかも1週間などという短い期間ではなく、6か月とか1年の期間を設けて、各企業が学生の能力を見極められる程度の制度が必要になる。アメリカ等ではインターンシップ、フランスではスタージュという制度として存在している。海外での職務体験も可能にして、大学の単位としていくことも必要になってこよう。

年功序列賃金も年齢を重ねれば給与が自然に上がるということが決まっていれば、従業員が自分の能力や実力を向上させる動機が削がれることになる。日本企業が人材育成を担ってきたというが、本当に効果的に教育などできている企業は少ないはずである。要は本人のモチベーションをどのように向上させるか、ということが大切なので、年功序列賃金もなくなっていくであろう。たしかに、子育ての時期には様々なコストがかかるので賃金が上昇してくれると助かるという意見もあるかもしれないが、それは別の施策でカバーすべきことになる。なぜなら、各家庭の事情はそれぞれで、子どもがいないか家庭もいれば、高齢者を介護しなければならない家庭もあり、それらの要素は社会保障で対応すべきものであろう。フランスでは、フランスの新幹線といわれるTGVの運賃が、子どもの多い家庭にとってかなり割安となる制度が存在する。介護についても国の関与がぜひとも必要な分野である。自助努力も必要であるが、公的支援もそれ以上に必要である。

終身雇用も終焉を迎える。そもそも、人の人生には年代によってそれぞれのステージというものがあり、その時々で優先しなければならないことも異なる。自分で仕事を選べるような環境がなければ、自分の人生そのものがかなり制約されて柔軟性を失ってしまう。単身赴任のような制度がある国はかなり珍しい。自分の意思に反して勤務地が変わるなど、軍隊でもない限りありえない制度である。ただ、企業が簡単に従業員を解雇できる制度にすべきといっているのではなく、自由に労働市場を移動できる可動性を高める制度も必要ということになる。今まで、雇用調整は企業の内部で行われていたが、今後は企業の外部で行い、労働市場あるいは転職市場というものを、しっかりと制度として確立していく必要がある。そして、自分のライフステージに合わせて働き方を選べる制度が望まれる。これも企業側の制度改革のみではなく、労働市場の透明性や機能性を上げる必要があるし、ベーシックインカムも含めて雇用保険制度の充実等も検討されることになる。

退職金の支給もかなりナンセンスになってきた。そもそも、企業が未来永劫存続するという前提で考えないと成り立たない制度であるにもかかわらず、倒産するかもしれない会社にお金を預けていることになる。それであれば、投資信託に退職金分を投資しているほうが、はるかに安全である。信託法というのは非常によくできた法律で、信託銀行が倒産しても、自分の資産は分別管理されているので安全なわけである。昨今、企業は合併もあれば倒産もあるので、従業員の立場からはそのような企業にお金を預けることはナンセンスであるし、預かっている企業としても退職金原資を確保するために、効率的な運用をすることも必要なので負担なわけである。

いろいろな面で日本社会がメンバーシップ型を維持することができなくなっている。子どもの数も少なく高齢者が増えゆく日本社会で、明らかに今、メンバーシップ型は崩壊する直前である。もう誰もメンバーシップを維持できなくなっているのである。