職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

「人種差別」は世界共通のことと割り切る

最近は多くの外国人が日本に訪れ働くようになった。以前は3Kといわれる仕事が多かったが、近年は外資系企業の日本進出のため、いわゆるホワイトカラーの進出が目覚しい。また、留学生が非常に増えてきている。これは日本人学生が海外へ留学することが減っていることに比較して顕著な傾向かもしれない。しかし、出身国によっては自費で留学するには物価も授業料も高く、とても住みにくいはずであり、日本の教育にそれだけの価値があるかどうかということも、また疑問でもある。でも彼らが日本で確実に学べることがある。それは「人種差別」である。

私が大学院生のとき、留学生会という組織のチューターをやっていたことがある。要は留学生の世話人で一緒に東京証券取引所を見学したり、工場見学をしたり、いろいろな活動をしていた。

あるとき台湾出身の張さんと学食で話をしていたとき、

「日本の不動産屋はとんでもない。広告看板に「ペットと外国人はお断り」と記載している。ペットと外国人を一緒にしている」

私は当時何もコメントもできなかったのを覚えている。ただ苦笑いするしかなかったと思う。

これと同じようなことをルーマニア人の友人クリスに言われたことがある。ある日本の国際都市と言われる街で温泉に入ろうとしたところ「外国人お断り」という看板を見つけたという。

「あの国際都市であの感覚だよ。日本人は外国人が日本に来て欲しくないんだよ」

「そんなことはないんじゃない。これからは日本人だけで組織された企業に未来はないはずだよ。だって自己変革もできないでしょ」

「日本人は経営が下手だよ。日本企業は外国人を採用しようとしないでしょ。能力があれば国籍なんて関係ないのに」

たしかに、日本企業の多くは外国人を採用しようとしない。日本人ですら就職できない時代だから、就職できないのも当たり前かもしれないが、国籍にこだわったりするのが日本企業の人事部だ。しかもその人事部といわれるところに所属する人は、日本企業のエリートといわれる人々だったりする。

「日本人の教養とはなんだろう?」

「…………」

ただ、ここで注意しなければならないのは、人種差別は世界共通の課題であることだ。

先日、イギリス在住の渡辺幸一氏が書いた『イエロー』(栄光出版社、1999年)には次のようにある。

「その文字は、電車の窓に、鋭利な刃物で刻まれていた。はじめは、何と彫ってあるのかすぐには分からなかったが、それは「JAP」の3文字であった。

「JAP」が、日本人の蔑称だとは知っていたが、もう死語に近いものだと漠然と思っていた。だから、この3文字を電車で見かけた時は驚いた。「JAP」は決して死語になったのではなかった。このイギリスで、同じ空間に生き、呼吸をしている誰かが、悪意をもってこの文字を彫りこんだのである。その事実が、私には衝撃的であった。

私が座っていた席は4人掛けで、私のほかには、2人の年配の紳士と1人の中年の婦人がいた。長さ10センチほどの彫りこみだから、その「JAP」の文字は、彼らの目にも触れていたようだ。私と向かい合った紳士は、ちらりと私の顔を見た後、おもむろに新聞を広げて顔を隠した。はす向かいの婦人は、私が指でなぞっている「JAP」の文字に気づき、少し驚いた表情で私を見た。そこに日本人らしい男が偶然に座ったことに、悲しむような表情を一瞬見せたがすぐ視線を移した……」

世界的な国際都市ロンドンでの話である。でも大切なのはすべてのイギリス人がこのような差別感情を日本人に抱いているわけではないということだ。日本人の一部に教養のかけらも感じさせない差別が存在するからといって、すべての日本人が差別的であるわけではない。それと同じでイギリスのある一面を見て、すべてのイギリス人が差別的であると判断するのはとても危険だと思う。「日本人はこうだから。イギリス人はこうだから。アメリカ人はこうだから」という議論はあまり好ましくない。「だからすばらしい」という議論ならまだしも「だからイギリス人はだめだ」という議論は避けたいように思う