査読付き論文の話も出たので説明しておく。一般的に複数の審査員の指摘を経て、その後加筆修正しながら論文の質を上げ、最後に審査員の方々の承認を経て、学術誌に掲載される論文のことである。私が「損害保険研究」に投稿していたころは、査読付き論文の制度はなかったが、複数の審査員の方がおり、質の高い論文は「論文」として掲載され、今一歩の論文は「研究ノート」として掲載された。
その「損害保険研究」も今では査読付き論文の制度ができたが、きっと損害保険分野の査読付き論文の機会が、日本保険学会の「保険学雑誌」以外で存在しないので、投稿者から査読付き論文の制度に対する要望があったのであろう。大学によって異なるようであるが、課程博士論文の場合、論文審査の条件として事前に査読付き論文を1本か2本掲載されていることが要件とされていたり、論文博士の場合はそれ以上要求されていたりするからである。
私の場合、今考えると日本保険学会に所属して、何本か査読付き論文に挑戦しておけばよかったと思うが、普通の社会人がどこかの学会に所属するというのも珍しいと思うので、論文博士に関しては査読付き論文と同等の学術誌等ということで条件緩和が望まれる。このようなことをいうと学術的レベルが下がるのでけしからん、とお叱りをうけるかもしれないが、日常業務をこなしながら、そして子育てもしながら学会にも入り査読付き論文にも投稿というのは、あまりにもハードルが高いように思われる。論文博士への挑戦者を減らす目的があるのであれば仕方がないが、今後、論文博士への挑戦者が増えるべきと考えるので、やはり査読付き論文という要件と同等の他の要件に代えてもらえればと思う。
また、川﨑剛氏の『社会科学系のための「優秀論文」作成術』(勁草書房、2010年)によると査読付き論文は「お見合い」だという。どういう趣旨かというと、同じ論文でも審査員によって「それがどうした」という反応もあれば「これはいい」という反応もあるからだ。当然といえば当然であるが、審査員も人間なので主観がある。審査員の好みの論文とそうでないものもある。よって、学術雑誌に投稿するときは、先方のストライクゾーンに入る学術雑誌に投稿しろとアドバイスしている。そして、審査員のコメントには誠実に対応し、全て反映させた形で加筆修正して再び論文提出すべきだそうだ。ときには、ピンボケのコメントがあって反論したいこともあるだろうが、そのことは横に置き、とにかく誠実対応が望ましいとのこと。この点、社会人は理不尽な顧客からの要求に笑顔で対応など日常業務としてあることと思うので、余計なプライドは捨てて適宜対応できるであろう。実際に私も審査員のコメントを読んで、当初は、この審査員は私の書いたことを理解していない、と思うことがあっても、誠実に対応しいくことで、実は自分が本質を理解していなかったことに気づくことが多々あった。また、無理難題をいう審査員のほうが自分を強くしてくれるということでは望ましいといえることもある。さらに、審査員はブラインドなので、だれなのか分からないことが多い。よって、審査員はこの人かなと想像しながら楽しんで対応するくらいのゆとりがあったほうがよい。いずれにしても、博士論文に使える新しい論点や切り口が出てくることもあるので、顔の見えない審査員と対話するつもり対処するとよい。私も自分が知らなかった関連の裁判例についてどう思うか加筆するように指示をいただき、その裁判例は大いに利用させていただいた。今となっては感謝に堪えない。