職人的生き方の時代

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大学無償化という投資と親の責任

兵庫県立大学と県立芸術文化観光専門職大学の学費が無償化されるそうです。本人と生計維持者が兵庫県内に3年以上在住していることが条件。

兵庫県立2大学の無償化、24年度に大学4年生から 26年度までに全学年へ拡大 大学院の前後期も対象|社会|神戸新聞NEXT (kobe-np.co.jp)

私と二男が引っ越しすれば、まだ間に合います。冗談はさておき、それでも大阪勤務の人であれば、十分あり得る選択肢ではないでしょうか。大阪に住んでいる人が、兵庫に引っ越しして、大阪まで通勤するというのはあり得ますね。このようなニュースに接すると、国会議員に期待することは難しそうですが、地方議員次第では、発展する地域と衰退する地域の明暗が分かれる時代かもしれないと感じます。

ちなみに、ヨーロッパは国によって学費が無料の国はあるので、兵庫県が特別なことをしているということでもないと思います。将来、しっかり稼いで税金を支払ってもらえばよいわけですから、県としては投資をしていることになります。余計な公共工事よりもはるかに効果的な投資ではないでしょうか。

一方、長男が東京の私立大学に通いはじめましたが、親殺しかと思うほど高額な学費です。国際○○学部といっておきながら、英語のクラス分けのTOEICの試験で350点の学生がいたそうです。日本史とか国文学を専攻するわけでもない学部なのに、なかなか取れる点数ではないでしょう。付属高校や推薦入試の学生が全体の半分以上の状態で、もう大学というところも崩壊状態かもしれません。

ある人がいっていました。富裕層の子どもが小学校から大学まで行く学校がありますが、大学生になると半分以上がタバコを吸っているそうです。「タバコを買えるだけ余裕があるんですね」と。たしかに、経済的な危機意識もなく、楽しく大学に行かせてもらえる人と、そうでない人の格差は広がっているように感じます。

親としてもこれで投資になるのかと半信半疑のまま進むしかありませんが、「子どもの教育は親の責任」という昔からの考えは本当でしょうか。ヨーロッパをみていると、本来は国の責任、あるいは社会の責任だと思います。日本の家族中心主義的な発想は、自分の子どもの教育には、惜しむことなくお金を使うが、他人の子どものために税金を使いたくないという貧しい発想がどこかにあるということではないでしょうか。その貧しい発想を、子どものしつけは親の責任とか、子どもの教育は親の責任という道徳的な標語にして、私たちを縛り付けているのではないか思いたくなります。

そうすることによって、親は子どもの教育費のために支出を抑えざるを得ないので、消費は冷え込むし、親自身が自分の人生を楽しめなくなります。子どものために犠牲になる人生で、子どもに過剰な期待をする親も出てきます。そんな犠牲によって子どもが幸せになれる保証はどこにもないのに。さらに、子どもを増やせないと思う人が増えれば、少子化も加速します。これでは、八方塞がりだと思う人も多いのではないでしょうか。暗い話になりましたが、このような状況でも、知恵を出し、リスクも取りながら、楽しく生きていく術はあることでしょう。私も子どもの学費の高さに悲鳴をあげながらも、大いに楽しもうと思います。