職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

DXのおかげで働かなくてもいい時代の到来

デジタル・トランスフォーメーション(以下「DX」)に対応するためにリスキリングが必要という話を前回しました。DXは私たちにとって脅威なのか、それとも福音なのでしょうか。「AIに仕事が奪われる」とか、「10年後になくなる仕事」などの見出しで多くの言説がみられますが、私は多くの人にとってDXは喜ばしい知らせという意味で福音だと思っています。一般的に恐怖や不安を振りまくことでビジネスが創造できるので、そのことを踏まえていれば、世間でいわれていることについて過度に恐れる必要はないと思います。もちろん、私たち労働者の仕事の中身ややり方は大きく転換するのは間違いありませんが、どんなにDXが進んでも人間のためのDXである限り、私たちの活躍の場はあります。

リクルートワークス研究所「リスキリング ー デジタル時代の人材戦略-」(2020年)のレポートがリスキリングをもとに良い素材を提供しているので、DXが労働者にとって脅威にならないであろうという視点で再検討してみます。本レポートは、リスキリングが絶対に必要という前提で書かれており、どこか読み手を煽るところがありますので、注意深く批判的に読んでいく必要があると思います。リンクからどなたでも入手できますので、参考にしてください。

リスキリング~デジタル時代の人材戦略 (works-i.com)

本レポートでは、DXのような大戦略転換期に必要とされるリスキリングは、「非連続系」の人材開発であることを強調します。いまだに「ない」事業・業務・職務のために必要なスキルを獲得してもらうのが目的ということです。

この非連続系という言葉の意味ですが、おそらく過去からの延長線上にないという意味で使っていると思います。表現としてはもっともなのですが、多くの企業は新しいことをはじめるときに、現在の事業領域の隣の分野や関連する分野でシナジーがある事業をはじめることが多いので、突然今までにない事業や業務が出現することはないでしょう。あり得るとするなら企業買収で新規事業というのはあるでしょうが、買収される側に人材はいるので、非連続系の業務が急に自分の目の前に発生することはないと思います。レポートの内容は、いまだ存在していない脅威が必ず到来するような表現になっており、脅しのように思えてきます。

また、OJTを超えて、将来組織が必要とする能力を洗い出し、現在組織にない能力とのギャップを短期間で一気に埋めるプログラムと、それを可能にする相応額の投資をする覚悟が必要といいます。獲得すべきスキルをすでに保有している経験者や上位者が社内にいないので、社外のリソースも使いながらリスキリング戦略を立てる必要があるということです。

しかし、短期間で身につけた技能で、顧客に喜んでもらう、あるいは市場に価値提供できるほど事業というのは単純なのでしょうか。たとえば、私が今から料理人になりたいといっても、1年や2年の修行でお客様に喜んでもらえる料理は提供できません。価値ある仕事を提供できるようになるためには、やはり長い期間をかけて同じ仕事を繰り返して熟練していかなければならないという現実を、リスキリングの提言者は忘れているようにも思えます。

そして結局、DXを推進するために、ロボットのためのプログラムの作り方、データベースの触り方、初歩的なコードの書き方など、このようなスキルを習得できる講座やプログラムは、すでに世の中にあふれているので、素直に外部にあるものは活用すべきといいます。そして、さらにそのスキルを使って価値創出するには、現場でのOJTと試行錯誤は欠かせないといいます。

どうでしょうか。リスキリングといっても外部の講座やプログラムの受講と現場のOJTの組合せでDX時代を乗り切るということのようです。それは今までも日本企業はやってきたことではないでしょうか。それを「リスキリング」という言葉を使うので、なにか新規性のある取組みのように感じますが、それほど大げさなことではないということだと思います。

むしろ、私がDXで注目したいのは、DXのおかげで多くの労働者が自由な時間をより多く獲得できるのではないかという点です。日々の業務が効率化され、丸一にかかっていた仕事がAIのおかけで1時間で終了するというのであれば、その残された時間はほかのことに使えます。それこそリカレント教育にこそ使われるべきであり、リスキリングで大騒ぎするよりも豊かな人生を送れると思います。

もっと極端な言い方をするなら、DXのおかげで人は働かなくてもいい時代がくるということです。お金を稼ぐとか、儲けるための知識を習得するとか、競争に勝ち抜くための手法を学ぶとか、そういうことの重要性が低下しだすのではないかということです。

それでは、DXのおかげで創出された時間は何に使うのかというと、自分の人生を豊かにする学びや経験のためではないでしょうか。実務に直結しなくても人生を豊かにする教養などもあるでしょう。あるいは精神性を陶冶するということもあるかもしれません。金儲けとまったく関係ない学びや経験をするために時間を使えるというのは、今までの価値観とは異なる新しい豊かさにつながると思います。よって、DXを脅威と捉えるよりは、労働から解放されるための道具であるという前提で考え、人生を再構築していく方が快適なはずです。どちらを選ぶかは人それぞれですが、私は稼ぐことに四苦八苦しなくてもいい時代を予感しておきたいと思いますし、それを実感しています。