スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

ジョブ型雇用における公正な労働市場

メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に移行するにあたって公正な労働市場を整備することが必須である。労働市場の透明性を高め、労働者が容易に自分に合った仕事がみつけられ、賃金にも納得感を得られることが要請される。今の日本の労働市場では企業によって賃金は大きく異なり、労働組合があったとしても企業別労働組合となっており、外から仕事やそれに伴う条件があまりよくみえないことが多い。もっと企業の職務や給与を「見える化」する必要がある。

しかし、それにはかなりの抵抗が想定される。なぜなら、現在「ただ乗り」している経営者や労働者の抵抗が想定されるからである。おそらく、すべての人の所得がオープンになったら、現在行われていることのほとんど許されなくなる。今の制度は維持できないくらいの論争が巻き起こる。会社勤めの労働者だけではなく、経営者も政治家も学校の先生も、あるいは現場労働者もすべての人の所得が見えるようになれば、大変な仕事なのだからもっと給与を上げてもらうべきだ、という意見が出る人と、それはもらいすぎなので下げるべきだ、といわれる人が出てくる。あるいは適正な水準だといわれる人もいるであろう。かなり理念型の労働市場を想定したが、将来現実のものとなってもおかしくはないと思う。

賃金制度は国によって異なるが、濱口桂一郎「横断的論考」日本労働研究雑誌60巻4号(2018年)によると、アメリカでは職務の評価に当たって市場価格を用いており、上級管理職になるにつれて全米産業別の賃金が使用されているという。オランダも産業別労働協約で賃金額のレンジが定められているとのこと。ドイツも産業別労働協約の職種別賃金がベースとなっており、賃金スケールと査定結果で賃金が決定されている。フランスも職務グレード型賃金があり、それなりに市場価格のようなものがあるようである。これらの国に比較して日本はどうであろうか。新卒採用の処遇にそれほど隔たりはないが、中途採用の求人をみても「これまでの経験や能力を踏まえて当社規定により決定」とか記載されていることが多い。これはほぼ会社の言い値ですということと変わりがないと思われる。

とにかく日本は各社マターで自由に条件を決めているが、条件に透明性がないので、いくらでもブラック企業が跋扈できる環境がある。また、企業別組合は条件交渉で経営者と妥協することが多く、経営側のやりたい放題が目立つ。しかも、組合の執行委員長を務めた者が、次に人事部長になったりするなど、経営と組合の癒着のようなおかしなことも起こる。日本型の労働市場労働組合では公正な競争が会社側にも労働者側にも確保されていないので、お互いのニーズのミスマッチが生じることも多く、社会全体の損失となっている。

そこで、これからはアメリカやヨーロッパのように産業別組合に産業別賃金なのか、あるいは職業別組合に職業別賃金なのか、あるいは合わせ技で、ある程度誰もが参照できる基準があるほうが公正でよい。株式市場のように人材の価値がオープンになるようなイメージであろう。実現できなさそうでもあるが、これからはAIの時代であり膨大なデータ処理も可能になるのでそれほど非現実的でもない。それが民間レベルで行われるのか国レベルで行われるのかだけの問題であり、労働法の改正も視野に入れると国の関与も一定レベルで必要である。すでに民間の人材紹介会社で限られた人材ではあるが、それなりのデータは蓄積されており、どこにどのような人材がどのような条件で活躍しているかは承知しているはずである。それを全労働者に拡大することができればよいことになる。また、どの企業が、従業員をどのように扱っているかの評判もオープンになってきているので、未来をイメージすることは簡単である。

ジョブ型雇用というのはジョブに人がつくので、たとえば、法務課長というポストに10年の職歴のあるAさんが就こうが、20年の職歴のあるBさんが就こうが、給与は700万円と決まっていることになる。いわゆる同一労働同一賃金であり、経験年数は関係がなく、その職務が務まるかどうかでAさんかBさんのどちらが採用されるかが決まる。もし経験年数の少ないAさんが採用された場合、うまく業務遂行できればAさんはしばらくその会社で活躍するであろうし、うまく業務遂行できなければ、別の会社の同じ職種で少しレベルを下げて転職することになる。そして、その空いたポストには今度は前回採用されなかったBさんが就くかもしれない。労働市場に透明性が確保された世界では、求職側の労働者はどのような職務にどの程度の給与が与えられるのかが想定しやすくなり、採用側の会社も労働市場にどのような人材がいて、現在はどのような会社でどのような仕事をしているかもわかるようになる。お互いがお互いのことを理解できるようになり、疑心暗鬼になることもない。

このような理想的な世界では、労働者と会社のミスマッチも減るし、欠員補充も容易になる。また、企業の組織内における「ただ乗り」する人材もいなくなる。ただ乗りになってしまう人は、自分の能力に見合った仕事に切り換えることになる。どのような人にも、その人に会った仕事があるはずなので心配はいらいない。このように人材が企業間を自由に往来することができ、各企業も優秀な人材に来てもらうために条件や制度、企業文化に磨きをかけるような状態が理想的な労働市場になる。