スペシャリストのすすめ

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経済界に「フランス革命」は必要か

デービッド・アトキンソン『日本人の勝算』(東洋経済新報社、2019年)によると、日本は賃金を上げる必要があるという。そして、日本は生産性が低いので中小企業を統合して、大企業と中堅企業へと再編すべきということのようだ。アナリストとして自身が入手できるデータからいえることなので正しいのであろうが、どうも納得できなかった。とくに、最近は菅首相のブレーンとなっているのでなおさら気になった。賃金を上げるというのは首肯できるとしても、中小企業は生産性が低いから再編を促すということになんとも釈然としない思いが残った。

本当に中小企業だから生産性が低いのであろうか。その規模でとどまっているのは組織として適正規模だから中小企業のままなのではないか。規模が小さいままで賃金を上げる方法はないのか。また、大企業が増えれば日本の生産性が上がるのか疑問に思える。ドイツは1%の大企業と99%の中堅・中小企業で構成され家族経営の企業も多いが、生産性は高い国である。大企業の総数や従業員数の全就業者に対する割合も日本と類似している国であるが、そのように考えると、どうも中小企業に生産性の低さの原因を求めるのも違うのかもしれない。

一つ思い浮かぶのが日本は中小企業でも信用力があるということで株式会社にすることが多いが、株式会社は大企業向けの制度であり、運営のコストも手間もかかる中小企業には不適切な仕組みといえる。一方、学生時代にドイツ商法に詳しい先生が教えてくれたが、ドイツは株式会社数が少なく、日本でいうところの旧法の有限会社組織が多いということであった。現在であれば合同会社であろうか。見栄えを気にして生産性を下げる日本人と、実質をとり生産性を重視するドイツ人の違いに原因があるのかもしれない。

そして、日本の大企業を眺めて思うことは、大企業が中小企業を搾取する構造が変わらない限り中小企業の賃金は上がらないのではないだろうか。組織の規模が大きくなれば、それに伴い「ただ乗り」の労働者も増える。そして、大企業だから実力勝負なのではない。むしろ中小企業のほうが会社名で勝負できないので実力勝負の面がある。

損害保険業界をみても、保険会社と保険代理店では、明らかに保険会社のほとんどは大企業で、保険代理店の多くは中小企業という構図になっている。平均給与も保険会社が保険代理店の1.5倍くらいのことが多いのではないか。比較する人材によっては2倍の開きがあるかもしれない。一方で実力が1.5倍や2倍の格差があるということはあり得ない。むしろ、保険を販売する実力でいえば、明らかに保険代理店のほうがある。保険会社の従業員は顧客に直接保険販売することはなく、常に保険代理店を巡回するだけのルート営業が基本であり、単なる保険代理店の管理人でしかない。それなのにこの開きはどこからくるのか。単に保険会社が保険代理店から搾取しているともいえるのではないか。あるいは、他の業界を考えたとき、大手ゼネコンは本当に技術力があるのだろうか。建設・土木の実力は下請け企業にあるのではないか。危険な現場で働くのも彼らである。自動車産業も本当にトヨタの人材が優秀なのであろうか。下請けの優秀な人材がトヨタを支えていることはないのだろうか。フランチャイザーフランチャイジーの関係も典型であろう。現場に近いフランチャイジーが顧客のことを一番知っているのに、なぜフランチャイザーフランチャイジーを指導して、がちがちに管理をすることでロイヤルティーを受け取れるのか、いろいろな疑問がわいてくる。

大企業の管理部門をみてもわかる。法務部は外部の法律事務所に業務を丸投げできる。経理部は外部の会計事務所に仕事を委託できる。財務部は金融機関に資金調達方法を任せることができる。人事部も人材紹介会社や研修会社に丸投げは可能である。大企業の管理部門は、単なる購買部になりきり、外部のノウハウに頼ることができる。ところが中小企業の管理部門は何から何まで自分でこなすのではないか。人材一人ひとりの実力や生産性はむしろ中小企業のほうがあるのに、搾取の構図のおかげで生産性の低い大企業の人材が高い賃金を受け取っていることはないのだろうか。

このように日本企業の現場をつぶさにみていくなら、賃金を上げるために必ずしも中小企業の再編が必要ということではなく、むしろ日本の経済界に巣食う大企業が中小企業を搾取する構造を是正することのほうが、中小企業の賃金上昇には効果的なのではないかと思った。今必要なのは中小企業の再編などではなく、経済界のフランス革命なのかもしれない。