スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

価値ある日本のパスポートを使う

今から20年以上前の話であるが、ルーマニアに旅行中、首都ブカレストで2回ほどニセ警官につかまった。彼らはおよそ3人1組になっている。オデオン劇場の前を歩いていると、まず一人の男が私に近づいてくる。ちょうど周りには人がいなかった。

「すみません、コンチネンタル・ホテルはどこですか?」

英語で話し掛けてくる。なぜ、外国人の私に、しかも旅行者の私にホテルの場所を聞くのだろうと不思議に思った。しかし、オデオン劇場に来るときコンチネンタル・ホテルの前を通った私はホテルの場所を知っていた。

「ここから200メートルまっすぐ歩いていくと、ホテルを見つけられますよ。」

「どうもありがとう。」

彼は私に握手を求め、その後、

「ところで、あなたは両替の必要はないですか?」

「しまった……!」

彼は私に数枚の米ドル札を見せた。その瞬間、別の2人の男が身分証明証のようなものをかざしながら、私に近づいてきた。

「警察です。あなたを外国為替法違反で取り調べます。パスポートと財布の中身を見せなさい。」

「私は両替していませんよ。彼に道を教えただけだ!」

「いいえ、あなたはヤミ両替をした可能性があります。法律違反です。」

「法律違反? 私は信じられない。あなたは警察ではないでしょ?」

「いいえIDカードを持っています。あなたにはこれが見えませんか?」

そんなこと言っても、ルーマニア語で書かれた身分証明証が警察のもだと分かるわけがない。おそらく学生証を提示されても警察に思うかも知れない。旅行前にブカレスト市内はニセ警官がいるから注意しなければならないことは知っていた。それでも、その場に遭遇してしまうと判断も鈍ってしまう。もしかしたら本物の警察のおとり捜査だったらどうしようというのが一番怖かった。もし、ニセ警官だと確信できれば逃げるなりしたかもしれないが、それもできなかった。ズルズルと彼らと口論になる。ただでさえ下手な英語は興奮して乱れる。当然彼らの英語もよく分からない。とにかく彼らが私のパスポートを手に入れたいのだけは分る。この口論の最中、両替を提案した男は責められず、私だけが執拗な詰問にあう。

もうあきらめてパスポートを渡してしまおうかと思った瞬間。

「もうあなたは行ってもいい。法律違反はなかった。さあ行きなさい。」

「……?」

なぜか態度が急変した。なぜだろうと思ったとき、私たちから20メートル離れた場所で何か叫んでいる子どもずれの若い夫婦がいた。彼らは私たちに向かって叫んでいる。ルーマニア語で叫んでいるので意味は分からなかったが、私を助けてくれたのである。警官役と通行人役のマフィアは少しずつ私から離れていき、その瞬間、私はその夫婦の方へ逃げた。

「ありがとう。本当にありがとう。」

ブカレストはこれが当たり前です。気をつけてください。」

「これが当たり前だなんて?」

ブカレストでは多くの旅行者が被害に遭います。本当の警官は制服を着ていますからね。」

2度目はブカレストの玄関口ノルド駅。テレホンカードを買いたくて駅構内をうろうろしているとき、

「どうしました?」

「テレホンカードを買いたいのですが、どこで買えますか?」

「私が案内しましょう。」

「いいえ、大丈夫です。自分でできますから、どこにあるか教えてください。」

「いいえ、私が買ってあげましょう。」

何度も断ったのに、彼は私を売店まで案内してくれた。どうも最初から雰囲気がおかしかったので、その人と一緒にいるべきではないと思った。そして、テレホンカードを買い電話をかけようとしたその瞬間、その男は、

「おカネは必要か?」

と私にルーマニアの紙幣レイを見せた。

「またか!」

と思った瞬間、別の太った男が私に近づき、

「警察です。あなたは不正な両替をしました。逮捕します!」

2度目は1度目よりも冷静ではあったけれども、やはり混乱してしまった。逃げるチャンスを待っていると左腕に「セキュリティー」と書かれた腕章をした男が私の目に入った。

「助けてください!」

「………」

駅構内の治安向上のために配置された警備員のはずの彼は、私を助けようとはしなかった。英語が分からない? そうではなくマフィアからの仕返しが怖かったのかもしれない。しかし、その瞬間、私を取り囲んでいた数名のニセ警官はその場から立ち去っていた。

彼らはとにかく日本のパスポートを手に入れたい。このパスポートは本当に便利なのだ。およそ、どこの国でも行けてしまう「どこでもドア」とでもいえるこのパスポートにはとても価値があり、ブカレストに滞在している日本人留学生はよく盗難に遭うということだった。

このように、日本のパスポートは世界でも一二を争う高付加価値パスポートである。にもかかわらず、日本人の全人口の4分の1くらいの人しかパスポートを持っていない。海外に興味がない、あるいは海外に行く経済的ゆとりがない、いろいろあるだろうが、若い人には借金をしてでも海外に出て異なる世界をみてみることをおすすめしたい。必ず自分の価値観にプラスの衝撃を与える何かがあるはずなので。少し希望がうかがえるのは、20代の若者に限っていえば半数近くの人がパスポートを取得している。勉強や仕事ばかりではなく、海外に飛び出すことも必要である。なんだか留学をすすめる業者のような謳い文句になったが、海外に出て見聞を広めることに借金をする価値はあると思う。それ以上のリターンは必ずある。日本のパスポートを活用しない手はない。必ずしも経済的リターンではないかもしれないが。