スペシャリストの生き方

自分だけの生態学的ニッチで生きる

スペシャリストは複数分野の専門家になる

速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店、2006年)というかなり分厚い本を読んで驚いたことは、著者が経済史と歴史人口学が専門であるということ。感染症や医学の専門家ではない著者が、あれだけ大きな被害をもたらしたスペイン・インフルエンザについてあまり注目されることもなく、後世に伝える研究資料もほとんど残っていないのが不思議に思い研究をはじめている。まず、一つの分野を極めた人は別の分野でも素晴らしい研究をされるのだと感服した。おそらく、歴史人口学で培われた研究手法や理論構成が、スペイン・インフルエンザの調査研究にも活かされたのだと思うが、ある分野を極めた人は隣接分野や、まったく異なる世界のことに関しても専門家になれてしまうのだろう。

同じことは語学の習得についてもいわれる。英語をある程度マスターした人は、次の外国語も素早く学べるという。しかし、早く学べているというのは感覚的なことで、実は学びのスピードやプロセスは同じなのかもしれない。よく一か国語がマスターできれば数か国語を簡単にマスターできるなどというが、やはり普通の人には複数言語を一気に学ぶのは至難の業である。

少なくとも英語を習得するプロセスは膨大な時間が必要で労力はかかり、それなりの投資も必要になる。よって、それを一度経験した人は次の外国語の習得においてもどれだけ時間を要し、どの程度の努力をすれば、どのレベルに到達できるということを知っている。仮に第一外国語を英語として、第二外国語をフランス語としよう。英語マスターの苦難の道のりを知っている人は、フランス語マスターの道のりも想像がつく。そのため、上達のスピードが遅いことや、どのようなプロセスで上達するかということを知っている。そして、あまり効果のない勉強法があること、あるいは、どのような教材を使えばよいかということ、読み書きや話す、聞くなどのバランスをとるべきことなど理解しているので焦ることがない。ということは、最初の外国語を学ぶときに直面した課題を、二番目の外国語の学習にも応用できるのでストレスが少なくて済んでいるともいえるであろう。そして、三番目、四番目と外国語の学習を進めていくと、苦労を経験するメカニズムを知っているので、苦労を苦労と感じなくなるというだけのことだと思われる。

このような効果を考えると、人生の早い段階で専門分野を確立しておくことは重要である。ある一定レベルの専門性を身に着けるためのプロセスや労力、投資コストを知っていることは、次の分野への展開にも応用が効くということである。たしかに、どこから情報を取り、どのような人の意見を聞くとよいのか、あるいは、研究の段取りや手順はどのようなステップを踏めばよいのか容易に理解できるようになる。結局、若いうちにどの分野でもオンリーワンになれる特定分野をみつけておくことは有用である。現実にその分野の権威になっている必要はない。自分で当該分野の専門家であるという自覚を持ちつつ、時間をかけて自分の専門性を醸成していけばストレスも少なくて済むであろう。