グローバルニッチトップ(global niche top)はビジネスの世界でもあまり普及していない概念であるが、これからの事業モデルを考えるうえで重要だと思われる。もともとは、ドイツの経営学者でコンサルタントのハーマン・サイモンの『隠れたチャンピオン(hidden champion)』(『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』(中央経済社、2015年))という著作がもとになっている言葉である。そして、2014年からグローバルニッチトップとして経産省が使いはじめた概念で、定義は次の通りになる。
ある特定分野で市場シェアを高めて高い利益率を確保する企業のことになる。当該分野で圧倒的な知識と技術で優位性を確保し、誰もが認める評判を確立することで、たとえ競合他社より20%くらい価格が高くても、顧客は他社に逃げないようになるという。ブランド・イメージともいえると思うが、この会社の商品を買っている限り安心なので、多少高くても購入し続けるという商品は、我々の日常にもあると思う。
著者が外資系損保会社に勤めていたときも、当該損保会社はアメリカにおいて圧倒的に評判が良かった。保険約款でも保険事故処理でも一流とされていた。実際はそう思われていただけかもしれない。そして、その損保会社が日本で営業するときも、保険約款も保険事故処理も先端的であると思われていた。しかし、実は日本当局の認可取得の都合で、保険約款は伝統的な保険約款に特約を付帯して必死に時代に追いつこうとしていた古い内容のものであり、保険事故処理に関しても日本における人員が限られており、海外の人材の支援を受けながらやっと仕事を回しているような状況であった。しかし、ブランド・イメージやレピュテーションというのは偉大である。ある一定の顧客や業界関係者は、当該損保会社は日本においても最先端をいっていると思い込んでいたのである。
このような戦略は個人レベルでも使える。ある分野で圧倒的なレピュテーションを確立する。ビジネスパーソンでも同じ分野の仕事を何度も繰り返し、小さな失敗、大きな失敗を積み重ねていけば、かならず業務知識は向上し業務処理能力も高まる。そして、世界中に自分の専門分野の人脈ができるので、何か日本で困ったことがあれば、海外に助けを求めることができるようになる。そして、その分野の仕事であれば自然に声がかかるようになり、いわゆる営業努力が不要になってくる。
個人レベルのこのような生き方もニッチなわけであるが、ニッチにもいくつか意味がある。建築でいうところの「窪み」という意味から、ビジネスの世界では「隙間」を意味するようになり「市場におけるニッチを探せ」というような使い方がある。一方、生態学でいうニッチは「居場所」のことになる。辻信一『弱虫でいいんだよ』(ちくまプリマー新書、2015年)によると、ニッチという言葉の語源は「巣」を意味するラテン語で、競合しそうな相手と生活時間をずらしたり、生き方を微妙に変えたりすることで自分だけのニッチを確保することができるとする。ワシとフクロウは同じようなものを食べるが、ワシは昼行性でフクロウは夜行性なので、お互い時間をずらして共存している。シマウマとキリンは同じ草食である。シマウマは地面の草を食べるが、キリンは木の葉を食べる。お互い食べる空間をずらして共存している。ビジネスパーソンも自分だけの生態学的ニッチ、すなわち居場所をみつけて戦略的に生きていく必要がある。それはある意味で競争を回避する楽な生き方になる。一度みつけたら止められなくなるであろう。