資格試験は、決められた散歩コースを何度も歩くイメージです。一方、社会人大学院は、自分で散歩コースを決めることができて、遠回りすることも、近道を行くこともできるイメージです。
資格試験は正解があるので、結果が点数ではっきりとわかります。社会人大学院は、自分の研究テーマについて正解がないので、結果が点数でわからず、論文という成果物で定性的に評価されます。
資格試験は合否の結果が出て資格証をもらえばゴールです。社会人大学院は論文で学位の授与が決まりますが、そこからがスタートになります。
正解のない課題に対して悪銭苦闘する「場」としての社会人大学院は、AI時代に行ってみる価値はあると思います。
先行研究を一通り調べて、自分なりに理論を展開し、「仮の結論」に到達します。そして必ず「残された課題」が出てきますので、その課題を次の論文で取り組みます。その繰り返しです。
結局、死ぬまで「残された課題」を追い続けることになるのが社会人大学院の効用であり、定年で終わりとか、ここがゴールということがない点、わたしはよかったと思えることかもしれません。
とは言っても、来年の受験のために基本情報技術者試験を勉強中ですが。
