職人的生き方の時代

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大学の偏差値は日本にしかない

前の2本の記事でわが国の私立大学が増えすぎた経緯などを書きました。今回もその続きです。

日本の高等教育をフランスのそれと比較すると、日本の私立大学依存がかなり特殊であることがわかります。フランスの大学が、一部のカトリック系の私立大学を除き、ほとんどが国立大学になります。

簡単に言ってしまうと、日本は高等教育をビジネスとしてとらえなければならず、その一方で、フランスは公共サービスとしてとらえることができる点に違いがあるように思います。フランスは国が責任を持って教育に投資しているということです。

大学への進学率は両国にそれほど違いがありません。また、フランスに大学入試制度は存在せず、バカロレアという高校卒業のための国家試験をパスすれば誰でも大学に行けます。

そして、学生は自分の学びたい専攻がある大学に進学します。大学入試制度が存在しないので偏差値もありません。ちなみに、大学の偏差値があるのは、日本と韓国、中国ぐらいなもので、アメリカにもヨーロッパ諸国にも存在しません。

日本人はすぐに、パリ大学が優秀で、フランスの地方大学はそれほどでもないとか想像するのでしょうが、まったくそのようなことはありません。日本人には偏差値で大学をランク付けする習性が染みついているのでしょう。

また、フランスの大学は3年制ですが、3年で卒業できる学生は全体の30%程度しかいません。70%の学生は留年し、場合によっては進路変更していることが多いということです。

フランス人のわたしの妻も、最初はアンジェという街のアンジェ大学で経済学を学んでいますが、自分に合わないということで、パリの国立東洋言語文化学院という日本語と日本文化を本格的に学べる大学に転籍しています。

この点、フランスの大学は一発勝負ではなく、柔軟な進路変更が可能な制度のもと、本当に学びたいことが学べる高等教育機関といえます。

そして、フランスの学生の70%は留年を経験するということを冷静に考えると納得できる点があります。偏差値もなく、すべての学生が好きな大学に行けるわけです。同じ大学には優秀な学生もそうでない学生もいるわけです。卒業するための要件はどの大学も同じ水準に設定されているわけですから、優秀ではない学生は軒並み留年するのかもしれません。

日本に置き換えて考えると、東京大学を含めてすべての大学に超エリート学生とFラン大学に行くような学生が一緒に学ぶわけです。そして、卒業要件は全国一律だとします。そうだとしたら、日本の大学でも大量の留年が発生することでしょう。でも学士号の水準は一定に保たれるという効果は期待できます。

このように考えてくると、高等教育を私立大学に依存してしまった日本の政策は正しかったのかと疑問に思えますね。本来ではあれば、需要に対して国立大学を増やすという対応ができればよかったのだと思います。急激に近代化した日本ではそれができなかったということでしょう。

私立大学に依存した高等教育は、巨大な受験産業を作り出し、偏差値という物差しで大学を仕分けすることになりました。予備校ビジネスとしては、学生を煽ってお金を払わせるための小道具として偏差値は大切なのかもしれません。

しかし、偏差値によって大学がランク付けされた結果、入学して卒業していく学生の質にバラつきが生じることになり、残念ながら学士号の価値にもゆらぎが生じてしまったのではないでしょうか。