職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

無名であるが偉大な史学研究者の村山節

年末に村山節『波動進化する世界文明』(博進堂、1992年)を読了しました。希少本で合理的な価格での入手ができなかったのですが、どうしても原典を確認したくて、初めてメルカリで購入しました。歴史に詳しくはないので難しい内容に感じましたが、著者の深い知性を感じられるすばらしい文献でした。

残念なことは、村山氏が若い頃病気のために高等教育を受ける機会がなかったということです。よって、学術書としての構成が弱く、正統派の研究者から受け入れらない、あるいは顧みられない可能性はあったことでしょう。

ご本人は、1911年生まれで2002年に亡くなっています。書籍は1979年に執筆され、1992年に改定版として出版されています。文明800年周期説については、緻密な分析・評価と解釈によって、高度な水準の説であるにもかかわらず、学会などで議論されていなのではないでしょうか。もしかしたら、それは村山氏の経歴のためかもしれません。

私は、村山氏が大学などで研究する機会に恵まれていれば、偉大な史学研究者として評価されていたのではないかと思います。そして、他の研究者で論理的に彼の説に対して反論できる人はいないのではないでしょうか。世界の通史を研究している人は少ないし、文明を経済、政治、社会、文化、人の潜在意識、さらには宇宙という観点から分析している人は皆無だと思いますので。

そして、これから21世紀に起こる可能性について鋭い指摘が随所にみられます。たとえば経済的視点で、世界の植民地化が16~19世紀に猛烈を極めたわけですが、1945年以降は全世界の西方の植民地支配はほとんど終わりを告げました。そして、14~19世紀の間に西方は全世界の資源を武力と政治力と脅迫によって収奪利用しましたが、20世紀中頃からは一変し、石油の価格と供給でアラブ諸国から脅迫されまでに後退しています。そして、21世紀は西方の長期慢性的停滞に追い込まれることを見抜いています。

文化的側面でも西方の文化的指導力は、18~20世紀前半はおそらく史上最高のものでしたが、1970年以降では、創造力の急速な減衰が現れはじめ、21世紀にはこの文化的減衰は次第に激しくなるといいます。

アメリカにおいてもヨーロッパにおいても大都市では人間関係の冷却化が進行し、孤立と悲しみに包まれ、豊かすぎる物質、鉄とコンクリートの街に何の意味があるのだろうかと嘆きます。

西欧の失業者は空前の量にのぼり、人口は停滞またはイギリス、スイス、オーストリア、ドイツ、ルクセンブルク等では、人口増加率はマイナスに転じ、まもなく西方社会全体が人口減少時代に突入するといいます。

村山氏が慧眼の持主だと思った点は、アメリカはヨーロッパの出先程度の文明でしかないという指摘です。アメリカに深く偉大な文化がなかったといい、あってもさざ波程度のもので、特定の文化型が見つからないといいます。

したがって、アメリカはヨーロッパ文化の海を越えた延長線にあって、あらゆる源泉はヨーロッパにあり、アメリカ独特の文化遺産は、詩・美術・思想・宗教のどの分野でもさざ波型ということです。200年という短い歴史の中で、一般文化層の厚みが形づくられていないということのようです。

これらのことが、1992年に改定されているものの1979年に書かれているという事実に驚きます。今だからこそ、「そうだよな」と思えるのであり、当時の視点でここまで描写できるというのはただ者ではないよう思います。

そして書籍の最後のQ&Aには次のような内容があったので、次に示しておきます。

Q 人間は偉大になりますか。

A 短周期の生活意識では動物型人格ですけれど、長周期の文明意識では宇宙人型人格が必ず育ちます。人にして動物に過ぎない者の多いなかに、人にして聖者である美しい偉大な人格のかたがふえていきます。人間は1歩あるいは100歩、神霊の世界に近づくと思います。