スペシャリストのすすめ

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「日本の農業は過保護」ということはない

日本の農業は過保護だから競争力がないなど、市場原理主義者がよくいうことですが、本当にそうでしょうか。他の先進国と比較するとそんなことはないようです。たとえば、アメリカが農作物の輸出国になっていますが、多い年には穀物輸出の補助金だけで1兆円あるということが、鈴木宣弘『農業消滅』(平凡社新書、2021年)で指摘されています。どうも日本では農業政策を意図的に農家保護政策に矮小化して批判している人たちがいるようです。もっと客観的なデータに基づく議論が望まれます。

たとえば、OECDのデータによれば、日本の農作物の関税率は11.7%と低く、多くの農産物輸出国の二分の一から四分の一程度でがんばっているということです。インドなど124.3%の関税率です。ノルウェーは123.7%、お隣の韓国でも62.2%、スイスが51.1%、EUが19.5%などとなっています。よって、日本の農業が高い関税に守られているということはないということです。

また、価格支持政策を廃止したWTO加盟国一の愚かな優等生は日本だそうです。一方、EUなどは、農業補助金総額を可能な限り維持する工夫を続けて、介入価格による価格支持を堅持しているとのことです。アメリカでは、穀物や乳製品を支持価格で買い入れ援助や輸出に回しています。食料援助で1200億円、国が輸出相手国の保証人になる輸出信用では4000億円も負担しています。コメ、トウモロコシ、小麦の三品目でも4000億円の輸出補助金を出しているということですから、多い年には約1兆円の輸出補助金を使って国が農業を守っているのです。まるで日本の農家の努力不足が原因で、日本の農業の競争力がないという意見は、単なる印象でしかないのではないでしょうか。

さらに、農業所得は補助金漬けのようなイメージの見解も聞こえますが、日本の農家の所得のうち、補助金の占める割合は30%程度なのに対して、英仏では農業所得に占める割合は90%以上、スイスではほぼ100%で、日本は先進国で最も低いほうなのです。

所得が税金で賄われるのはけしからんという人もいるかもしれませんが、アメリカやヨーロッパでは、命や環境を守り、国土や国境を守っている産業ということで、国民が支えるというのが当然ということです。農業は安全保障上も国として守らなければならないのです。鈴木氏はいいます。日本政府は、オスプレィやF35戦闘機などに何兆円も使っているが、万が一、食料がなくなってもオスプレィをかじることはできないと。

私たちは自由競争が善で保護貿易が悪ということを、ヨーロッパやアメリカから輸入した経済学によって信じ込まされていますが、当のヨーロッパやアメリカは、したたかに安全保障の観点からも農業を守っているのです。そのような事実も確認せず、日本の農業の競争力がないという主張をする人たちには、ぜひ鈴木氏の文献を参照していただきたいと思いました。そして、私たち消費者も戦略的に購入する食材を選ぶべきなのだと思います。日本の農業を支える姿勢が必要なのではないでしょうか。