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憲法改正はイデオロギーを捨てて考える

選挙が終わり、自民党による憲法改正案や緊急事態条項の創設といったことが議論の遡上に載ってきました。今まで真剣に考えたことがない人も、ここで少しは憲法について考えておいた方がよいのかもしれません。そのとき、保守や革新、右派や左派といったイデオロギーをいったん捨てて検討する必要があるように思います。

私は法学が専攻であるものの憲法学に明るくありません。ただ、少し歴史的な背景を調べてみたした。一般的に、改憲派からはアメリカによる占領期間中に、GHQによって1週間で作られ、アメリカに押し付けられた憲法など改正すべきあるということが指摘されます。護憲派からは、戦後わが国が戦争をしなかったのは、平和憲法があったからであり、この憲法を守るべきであるといわれます。改憲派は保守、護憲派は革新あるいはリベラルというような図式が成り立つかもしれませんが、ここは主義主張をいったん保留にすることがよいと思います。

保守の人は改憲派が多いことでしょう。たとえば、渡部昇一『[増補]決定版・日本史』(扶桑社新書、2020年)においては、憲法前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるが、国民の安全や生存を外国に任せるような国はないと批判します。同じく保守派の西部邁『私の憲法論』(徳間書店、1991年)においても、「押し頂き」憲法ということで、自国の憲法を他国に作成してもらってそれっきりというのは、文明国では日本だけだとし、自らの改憲案を提示しています。

ここで、本当に日本国憲法は、アメリカから押し付けられた、稚拙な内容の憲法なのかを考えてみます。小西豊治『憲法「押しつけ」論の幻』(講談社新書、2006年)を読むと、どうも日本国憲法の土台となる条文を考えたのは、憲法学者鈴木安蔵氏であったようです。彼は民間の憲法研究団体のメンバーで、フランス憲法やプロシャ憲法をよく研究しており、戦後は静岡大学の教授も務めています。また、鈴木氏は自由民権運動家の植木枝盛氏が作成した東洋大日本国国憲按も参考にして憲法草案要綱を作成しています。そして、この憲法草案要綱は、GHQ草案のモデルとなっているとされます。

たしかに、日本国憲法自由権規定は、鈴木安蔵、そして植木枝盛の考えが表出した条文になっており、おそらく、マッカーサーも日本人が作成したそれらの草案を取り入れた可能性は十分あることでしょう。たとえば、公務員による拷問禁止規定が日本国憲法36条にありますが、アメリカ合衆国憲法にはないそうです。そのように考えると、鈴木氏や植木氏の精神が脈々と流れた条文があり、日本人の貢献がなく日本国憲法が作成されたということはあり得ないでしょう。ましてや1週間で完成させたなどほぼ不可能だと思います。

それでも保守派の人には受け入れがたいことがあるとするなら、鈴木安蔵氏がマルクス主義の視点で研究活動を展開していたということがあるかもしれません。私の場合、自分は右派でも左派でもないと思っていますが、若干右寄りの中道右派ということかもしれません。外国のことや語学はよく学びますが、それでも日本の伝統と文化を守るべきというのは強く思うほうです。

しかし、日本国憲法は維持しても問題ないという立場です。条文を読めば「心地よい」と感じるくらい、自己決定権が確保されており、自由というものに対する執着すら感じられます。私は、この心地よさを信じたいと思います。だから、イデオロギーをいったん排して、もう一度、日本国憲法を読んでみる必要があると思います。

そして、その心地よさが実証されたのがパンデミックです。日本は他の先進諸国に比べると、緩やかな自粛という方法が取られました。厳しいロックダウンができなかったことは、日本国憲法のおかげだったのではないでしょうか。自由に対する安心感があります。

一方で自民党改憲に動いているという事実も考える必要があります。自民党改憲したいということは、今のアメリカが改憲したいということかもしれません。正確にはアメリカの背後にいる人々かもしれませんが。終戦直後のアメリカは、日本国憲法が都合がよいということで施行させましたが、70年以上の歳月が流れて、アメリカにとって不都合になってきたということはないでしょうか。

しかもその間、日本人は日本国憲法を自分のものとしてしまったともいえます。第9条など、世界のどこを探してもない条文です。一方、解釈で自国の防衛のために自衛隊という優秀な部隊を持っています。日本の外に向かって戦うことはないという、世界で一つ、オンリーワンであるのであれば、それを異常だといわずに、活用すべきです。穏和で平和な国だからこそ、他国の人の日本に対する評価は比較的良いと思います。

カナダをみてください。アメリカが侵略してくるという被害妄想を抱いている人はほとんどいないことでしょう。ベルギーをみてください。オランダが攻めてくるとは思っていないでしょう。戦争をさせたい人たちはいますが、戦争をしたい人たちはいないのです。その戦争をさせたい人たちを喜ばせる憲法改正が本当に必要かイデオロギーをいったん横に置いて考えてみるとよいと思います。