職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

社外取締役というバブル

社会人教授の次は、もっと大きなバブルが生じていると思われる、社外取締役という仕事について考えてみたいと思います。これも自分にとって身近なテーマですが、社外取締役の仕事は、業務執行役員、すなわち経営陣に対する監督が重要なものとなります。決して経営陣に対する助言とか評論家のようなコメントを提供することではありません。取締役会は、いわゆる「モニタリング・モデル」といわれる、監督がメインの機能としてあり、その取締役会の主要なメンバーが社外取締役になります。

しかし、今の社外取締役は、助言役のような仕事をしている人が多いようです。先日、週刊ダイヤモンド(2022年7月2日号)に社外取締役の特集が掲載されており、社外取締役の中には、5社を兼務して合計9,000万円の役員報酬をもらっている人もいました。一つの会社で監督機能を発揮するのも大変なはずですが、複数兼務して高額報酬を獲得する人がいるわけです。それで報酬に見合う機能を発揮しているのであればいいのですが。

また、取締役会のダイバシティが重要ということで、女性の社外取締役は各社で争奪戦になっているようです。女性であるかどうかよりも、経営を監督できるかどうかの方が大切な要素のはずですが、女性ということがカギになっていたりします。監督機能を発揮するには、会社法金融商品取引法、労働法、競争法などの各種法令を理解し、ファイナンスや会計などの知識も必要で、かなり広範な分野における経験と知見が不可欠になります。過去の成功体験を取締役会で語られても困るわけです。

しかし、実際の社外取締役は、どこかの大手企業の経営者を経験していましたとか、大手金融機関で役員を務めていましたとか、女性経営者です等、ある意味でブランドでそのポジションに就いている人も多いようです。日本の場合、大学教授、弁護士、会計士が多いのも特徴でしょう。ただ、本当に社外取締役として訓練を受けた人で適任者かどうかはわかりません。社外取締役のリクルーターには、「月に一回取締役会に出るだけでいいので」ということで、声をかける人もいるそうです。また企業側からは、「女性なら誰でもいいので紹介して欲しい」というところもあるそうです。コーポレート・ガバナンスとか格好いい横文字を使っても実態はこの程度の世界なのかもしれません。

この社外取締役という制度は、主にアメリカからやってきました。アメリカの取締役会のメンバーには、従業員から出世して、その会社の取締役になる人はほとんどいません(CEO、CFO、COOなど業務執行役員になる人は多いです)。取締役の多くは他社からやってきます。一方、日本の取締役は、ある会社の従業員から、その会社の取締役になる人がほとんどです。従業員は会社との雇用契約で、取締役になると会社との委任契約になりますが、多くの人は雇用契約のままの意識で取締役を続けます。ここが問題かもしれません。委任契約というのは、会社と自身の利益が反した場合は、必ず会社の利益を優先する必要があります。そもそも利益相反する立場に身を置いてはいけません。日本では忠実義務とか、英米では信認義務などといいます。この信認義務を理解しないと、本当は取締役が務まらないはずですが、その本質を理解している取締役は少ないことでしょう。その取締役が、他社の社外取締役になっても、委任契約の本質は理解できていないということは同じだと思います。アメリカの制度の外形のみを輸入しても、中身は従来型の日本のサラリーマン社会なわけです。

信認義務で、私たちにとってわかりやすい例は投資信託があります。投資信託投資信託会社(運用会社)や受託会社は、投資家に対して信認義務を負っています。他人のお金を預かってそれを運用する過程で、自分の利益よりも投資家の利益を優先するというあたりまえのことを実践することになります。この他人のお金を預かっているという意識が、雇用契約以上に委任契約で強調されなければなりません。社外取締役の方々がどれだけこの「他人のお金をお預かりしている」という意識を持っているでしょうか。週刊ダイヤモンドに掲載されている報酬額や兼務している社数をみたとき、疑問に思わざるを得ませんでした。