職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

管理職の権限は使い方しだい

管理職は組織の中で社内規則に従い一定の権限が与えられている。仕事における特定の事柄に関して管理職は承認する権限を持っていることが一般的であるが、この管理職の権限は使いようによって、大胆にビジネスを創造する場合と、ビジネスの停滞をもたらす場合の二パターンに機能することがある。

まず、大胆にビジネスを創造する場合の使い方は、管理職が自分の裁量でできることを部下に伝えて、その範囲内で部下に自由に活動させる場合である。部門のメンバーに権限移譲することで、メンバーは伸び伸びと自由な発想で仕事をして、そこからイノベーションを起こしていくように使うことで、限られた予算と人員で最高のパフォーマンスを出すことになる。

もちろん、権限を逸脱していないか、法令違反がないか、公序良俗に反していないか、倫理的に問題ないかなどのチェックはする。しかし、基本的に部下を信頼して、あらゆることに口出しをするようなことはない。イメージとしては、どっしりと構えて大きな成果を待つような管理職である。

一方、ビジネスの停滞をもたらす使い方は、管理職が自分の権限を部下に示して、あらゆることに許可や承認を求めるやり方である。部門のメンバーは自分に裁量がないと思い、大きなことでも小さなこともいちいち管理職にお伺いを立てることになる。もし、管理職の承認なしにプロジェクトが進みそうになり、それをみつけると、かならずといっていいほどそのプロジェクトを止めることになる。別にそのプロジェクトの良し悪しを判断できているわけではなく、自分の権限の効き目を確かめるようにプロジェクトを止めることになる。組織におけるヒエラルキーを相互に確認し合うことが重要な目的になる。

このような管理職は、仕事の結果や部門のパフォーマンスへのこだわりよりも、自分の権限、すなわち組織内のパワーにこだわりがあるので、むやみに部下に承認を求める。そして、枝葉末節にまで判断業務が生じてしまい、自分がどんどん忙しくなる。さらにまずいことに、自分がこんなに忙しいのだ、ということを常にメッセージとして周囲に伝えたがるのも、この手の管理職の特徴である。

どちらの管理職が望ましいかは明らかである。もし大胆にビジネスを創造する管理職であれば、枝葉末節は気にしないし権限を誇示することにも興味がないので、プロジェクトを止めることはない。部下が考え出したプロジェクトが大化けするかもしれないという夢をみながら、部下の背中を押すことであろう。類型化するなら、部下を止めるのが仕事と思う「権限執着型」の管理職か、部下の背中を押して最高のパフォーマンスを達成する「ビジネス創造型」の管理職のといってもよいであろう。

そもそも権限執着型の管理職は、管理職になる前から権限にあこがれて下積み時代を過ごしている。よって、管理職になったとたんに、うれしくて権限行使をしてみたくなる。結果的に度が過ぎて業務は停滞して、自部門から優秀な人材も育たないことになる。一方、ビジネス創造型の管理職は、下積み時代から仕事の成果や顧客への貢献度、あるいは社会への寄与を意識しているので権限などに興味はない。権限は組織を潤滑に回す道具であり社内のルールではあるものの、それだけで仕事の成果は出ないことを知っているので、権限行使は最低限に抑えて、多くを部下に任せることになる。

このように組織内は階層的に権限が決められ、それに対して承認を与える管理職がいる。そして、この管理職が権限執着型になるのかビジネス創造型になるのかは、社内教育や企業文化が大きく影響することと思う。最初はビジネス創造型の管理職が多かったのに、組織が肥大化する過程で権限執着型の管理職が増えてしまうことも多い。

私はこの権限執着型の管理職の増殖を許す原因の一つに、日本の稟議書があるのではないかと思っている。形式を重んじる稟議書では、立案者が時間をかけて立派な書式で作成し、承認者である管理職が一発で承認も否決もできるシステムである。

一方、私が勤務していた外資系保険会社の承認プロセスは電子メールのみである。たとえば、承認してもらいたい事項の根拠を示して、最後に “I would be grateful, if you could support me on this business.”(このビジネスに関してあなたの承認を頂ければありがたいです。)などと書き、海外にいる上席者が一言 “You have my support”(あなたを支援する)とか、単に”Approved”(承認した)とか、“Agreed”(同意した)とか、あるいはもっと簡単に、ただ ”Noted”(了解した)などと書いて承認してくる。そして、承認しない場合は論点の照会があり、そこから内容に関して対話がはじまる。もし最後に承認されれば前述の英文が読めることになるし、もし承認されない場合は、”I would pass this business”(本件は見送る)などと書かれて終わる。

しかし重要なのは、承認のプロセスが対話型になっており、日本のようにセレモニー型になっていないことである。上席者は偉そうに承認のハンコを押したり、否決して差し戻したりするようなことはない。承認依頼をされている事項を理解し対話できるだけの専門性が必要なわけである。そのような視点でみると、アメリカの管理職は日本の管理職をみてどのように思うのであろうか。よく専門性もなく仕事を回せるな、という驚きと、やけに接待が多くて家族との関係は大丈夫なのかという余計な心配かもしれない。