スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

2050年あなたは稼いでいますか

私の場合、2050年に80歳を過ぎているので生きているかどうか微妙である。これから30年後の日本社会はどのような風景になっているのか。在宅勤務のおかげで住宅街の中にあるスーパーにも昼間の時間帯に行けることがある。そして、高齢者の多さに圧倒され、レジには高齢者の行列ができているのを目の当たりにする。その風景には活気を一切感じることはできず、確かなのは社会の衰退である。もしこのままの社会が続くとすると、2050年にはもっと活気のない風景になっていることであろう。それは社会の老衰であり死の世界とも表現できるくらい希望のない社会かもしれない。

内閣府が出している高齢社会白書のデータがある。図表をみると2050年には、75歳以上が2,417万人で、0歳から14歳が1,077万人である。私が生まれたのが1968年なので、1970年の棒グラフの緑の部分の2,515万人に含まれているが、当時と現在を比較すると子どもの数は約40%減であり、2050年には半分をはるかに下回る数になる。

とてもでないが、自分が高齢者になっているときには、自分の分は自分で稼いでいないと若い世代とその子どもたちに大変な迷惑をかけることになる。病気などして健康保険を使っている場合でもない。あの世に行くなら、一気に飛び込むくらいの勢いでいかないといけない。そんなうまく逝けるのか怪しいが。いずれにしても、自分で生きていく分の稼ぎは、80歳を過ぎても獲得しなければならないし、次の世代に残せる無形資産は残していかなければならないであろう。このデータをみて、甘えは禁物であることを肝に銘じ、80歳以降も社会に貢献できることを考えなければならないと思った。

一方、同じ高齢社会白書に今の高齢者の意識に関して意外なデータがあった。「高齢者の経済生活に関する調査」というのがあり、それをみると高齢者の暮らし向きに、ゆとりのある実態が浮かび上がる。60歳以上の男女1,755人への調査なので、サンプルが少ないかもしれないことは注釈として必要であるが、比較的余裕があることがわかる。たとえば、60歳以上の4分の3が経済的に心配なく暮らしているという。しかも年齢が上がるほど経済的な心配は減る傾向にある。この人たちの暮らしの主な基盤は年金だと思われるので、かなり潤沢な金額を受給していると予想できる。

しかし、今の若者や子育て世代で、経済的な余裕を感じて生きている人などそれほど多くはない。2014年度に内閣府で実施した「結婚・家族形成に関する意識調査」によれば、子育ての不安要素を尋ねる問に対して、「経済的にやっていけるか」(63.9%)に次いで、「仕事をしながら子育てすることが難しそう」が51.1%とある。経済的な不安が大きいことがわかるし、子育ての負担感があることがわかる。日本は子どもを産み育てるには非常に難しい社会になってしまったようだ。

これを今の若者や子育て世代の自助努力が足りないということで済ませられるのだろうか。このような発言が政治家や高齢者から聞くことが多いが、右肩上がりの経済成長と、1980年代後半から1991年まで続いたバブル景気で浮かれた世代のコメットであり、まったく響くことはない。自分たちだけラッキーだった時代を通過し、今の厳しい環境で生きている世代に「甘えるな!」とはいえないであろう。

今生まれた赤ちゃんは、2050年には30歳になり社会で活躍している。しかし、彼ら彼女らがまともな教育を受けて、しっかりとした社会人になり、日本を支える力となっているかどうかわからない。今の時点でさえ、子育てにはお金がかかりすぎて不安だという子育て世代の意見が多数派なわけで、これから生まれる子どもたちがそれなりの教育を受けて、しっかりと仕事をして稼いで生きていけるのかわからないであろう。

私にできることは、2050年にも自分が生きていくための所得は自分で確保できる方策を考えることであり、医療保険介護保険などを使わないように、物心両面でバランスをとって生きていくことであろうか。

ただ、そこはかとなく希望を感じることは、このコロナ禍のおかげで、古いシステムは完膚なきまでに破壊されて、その後の世界は比較的みんなが豊かにのんびり暮らしているのではないかということである。今はまだその全貌がみえていないが、これから数年で新しいシステムに切り替わっていくのではないだろうか。高齢社会白書のデータをみている限り、暗い未来しか想像できないが、その想像を超えるところに世界を変えるイノベーションがあることを予感したい。

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