腸内には免疫細胞が体全体の約7割と集中的に存在しており、病原菌などの有害なものを攻撃して、有害物質がそのまま取り込まれないように防御してくれている。免疫システムの鍵となるのが腸内フローラであるが、そもそも腸内フローラとは何だろうか。人間の腸内細菌の種類は1,000種類以上、数にすると100兆個にもなり、顕微鏡で腸の中を覗くと、それらはまるで植物が群生している「お花畑(flora)」のようにみえることから、腸内フローラと呼ばれるようになった。
光岡知足『腸を鍛える』(祥伝社新書、2015年)によると人の健康にプラスに働く菌を善玉菌、マイナスに働く菌を悪玉菌とし、腸内フローラのことを説く。そして、善玉菌と悪玉菌という名前を付けておきながらも、物事を善悪で分けるべきではないという。
悪いものを排除するという発想は短期的には好結果をもたらすかもしれないが、長期的にみた場合、生態系のバランスを崩し、生命活動を損なうリスクを抱えるという。たとえば、抗生物質の濫用によって耐性菌が次々と生まれ、しかも善玉菌も死滅してしまうため腸内フローラがガタガタになり、結果として個体の健康も低下する。すなわち善玉菌を増やせば健康になれるという単純な話ではなく、善玉菌も悪玉菌も、そしてそのどちらでもない日和見菌も含めたすべてのバランスが大切で、それによって最高の腸内フローラを形成する必要があるということである。
光岡氏の見出した共生哲学によると、善玉菌を全体の20%程度にすると腸内のバランスが整い悪玉菌は悪さをしなくなるという。そして、大多数の日和見菌も調和を乱すことがない。人間の免疫機能をもっとも活性化させる腸内フローラを形成する方法は悪玉菌を駆逐して善玉菌で腸内を満たすことではないということになる。
同じことが本間真二郎『感染を恐れない暮らし方』(講談社ビーシー、2020年)にも述べられている。細菌など微生物が悪であり排除しようという考えがある。現代社会には様々な抗菌グッズもあり無菌状態がよいような風潮があるが、そんなことはない。あらゆるものや生物、菌、ウイルスには意味があり不要なものはないというのが正しいあり方である。この世にあるものすべてに意味があるという思想である。
そして、過剰な手洗いうがいは逆効果であるとする。常在菌は常に人間の皮膚や口腔内、腸内に住み着いて私たちを守ってくれているが、過度な潔癖症による手洗いうがいはそれらの常在菌も洗い流してしまい、外からの感染に対して無防備にしてしまう。よって、不自然な生活をせずに、普通の生活を心がけるべきという。自然に振る舞っている限り、私たちの防御システムはそれだけで完璧に機能するということである。
あらゆるものとの共生。そのようなあり方のおかげで、私たちは健康に生きられるのである。無菌状態に育った人間は免疫システムも含めて非常に脆弱な生き物になってしまう。新型コロナウイルスに対する考えも同じで、ウイルスと戦っている限り出口はみえない。なぜならウイルスも必要であるからこの世に出現しており、人間と戯れながら共生しようとしているわけである。私たちももう一度、自分も自然の一部であることを思い出し,自らの免疫システムを本当に活性化することを考えないと、このままでは免疫機能が衰えていく一方になるのではないか。