スペシャリストの生き方

自分だけの生態学的ニッチで生きる

論文投稿やセミナー講師は副業ではない

スペシャリストとしてある分野に精通してくると業界誌に論文を投稿したり、セミナー講師を依頼されたりする機会があるかもしれない。その場合、原稿料や講師料という名目で報酬を得ることがある。会社によって異なるであろうが、就業規則に副業や兼業を規制している場合もあるので、その場合、人事部が就業規則違反だと言い出すこともあるかもしれない。

厚生労働省は、2018年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を出している。その中には配慮すべき事項として、安全配慮義務、秘密保持義務、競業避止義務、誠実義務などが述べられており、さまざまな労働法上の論点があることが理解できる。ただ、ここで強調しておきたいことは法的論点ではなく、まさしく長期的な傾向として会社と労働者の立場が少しずつ対等になってきていることが読み取れるということである。

基本的に会社と競合するようなことを行い会社の事業機会を奪うようなこと、会社の機密情報を漏洩するようなこと、本来業務の生産性が著しく低下するようなこと、会社の名誉を棄損するようなことなどがなければ、副業をやっても問題ないと考える。

そもそも、憲法では次の通り職業選択の自由が規定されており、会社の就業時間外のことまで規制することは不可能になっている。私的な時間は本人の自由意志にゆだねられているわけである。

 

憲法22条第1項

「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」

 

難しいのはフレックスタイム制や在宅勤務が増えている状況で、就業時間の管理も難しいことがある。別途検討は必要であろうが、とにかく会社業務で成果を出し続けていることは重要なポイントである。

一方、会社からみれば、副業をされて会社業務に支障がでているという解釈もあるかもしれない。しかし、それは大間違いである。業界誌に論文が掲載される、セミナー講師を依頼されることなどは、その会社の人材がある一定の水準の能力を持ち、外部の批判にも耐えうる実力を維持していることの証左でもあり、むしろ会社の名誉なことのはずである。そして、会社の評判を確立する安価な広告宣伝である。しかし、時間のみでしか労働の成果を計れないと思っている限りは、そのような発想にはなりえないわけである。そのような会社の従業員は、上司の前で行儀よく座っていることが仕事だと思うようになる。そして、成果が出ているかどうかは別であり、やっている感のみの醸成に注力してしまうことになる。

論文を書いたりセミナー講師をしたりして一番感じることは、読者や聴衆が学べることより、論文を書いた本人あるいはセミナーで講演した本人が、一番業務知識を身に着けることができることである。最近は、パワーポイントという便利なプレゼンの道具があるので、理論的にあやふやな内容でも、それらしく表現できる。そうなると、営業社員は詐欺スレスレのような内容でもマーケティングをし始める。口八丁手八丁の上手な人材が優秀な営業社員であった時代は、とうの昔に終わっている。ジョブ型のプロ人材を育成といっている時代に、そのような人材は昭和時代の遺物といわざるを得ない。とくに若い人材は、外部のセミナーに登壇したり、外部の媒体に投稿したりして、外の客観的な批判にさらされることで成長機会を得ることができる。準備をしている段階で、自分の知らなかった最新の理論や法令に気づくこともある。むしろ大いに奨励すべきことであろう。

また、会社が就業規則を厳格に解釈したいのであれば、個人名だけではなく会社名が出てしまう場合の原稿料や講演料は、編集部や主催者から会社に報酬を支払ってもらうのも一つの選択しかもしれない。しかし、筆者は若い人材に大いに挑戦してもらうことを促すために、その原稿料や講演料でおいしいものでも食べてもらい、モチベーションの源泉にしてもらいたいと思う。何ごとも遊び心は必要である。