スペシャリストの生き方

自分だけの生態学的ニッチで生きる

日本の名刺は専門家を育てるつもりがないことの表明

これから、ジョブ型労働市場になると社会人一人ひとりは、自分は何ができるのか、何が専門なのかレッテルを貼ることになる。みんなそのレッテルをもとに労働市場で仕事を探し、会社はそのレッテルをみながら人材を採用する。すでに、リンクト・イン(LinkedIn)のような、ビジネスに焦点を当てたSNSも存在し登録者の業務経験などがわかる仕組みはある。

また、会社のイントラネットでも現在は役職員の所属部署がわかる名簿がある程度だが、これからは、何が専門で何ができるのか説明がされていることが望ましい。たとえば、ある事業に取り組もうとするとき税務に関してネックになっているとする。そのとき問題を解決しようと思うと、今であれば外の専門家に調査依頼をすることになるかもしれない。しかし、ある程度の規模の会社になれば社内にその回答を持っている人がいるはずである。ところが、今の状況であれば役職員は自分の専門を表明していないので、結局、外部専門家に依存してしまうことになる。その業務委託料は会社にとってコストになるし、何よりも時間を浪費してしまうことになる。何とももったいないことである。これからは自分の専門性を開示して、ある分野の質問に関しては、専門性のある人にどんどん照会がくる仕組みを構築すべきであろう。

そして、日本のビジネス社会で以前から不思議に思っていたことに名刺がある。名刺の表記に「企業営業第一部第二課」などよく見かけるであろう。これに何の意味があるのだろうか。英語表記にすると、”Corporate Sales Department 1, Section 2”とかになるのだろうか。海外の名刺で見かけることはないこの表記に何の意味があるだろう。名刺の持ち主がどのような専門性をもって、どのようなサービスを提供してくれるのか、名刺からはわからない。もし損害保険会社であれば、本来はProperty Underwriter(財物保険アンダーライター)とかLiability Underwriter(賠償責任保険アンダーライター)となるべきである。どの分野に専門性があるのかはっきりしているからこそ、その人に相談がくるのである。単なる営業社員(Sales Representative)に重要な要件を相談したいと思う人はいない。営業社員は「何でもできる人」というイメージがあるが、「何でもできる人」は裏を返すと「何もできない人」という時代になっているのである。それぐらいビジネスの世界で生じている課題は複雑で専門化してきている。

このようなことをいうと、それら専門家をアレンジして束ねることで複雑な課題に解を提供するのが営業社員である、という反論があるかもしれない。でもなぜある分野のスペシャリストが他の分野の複数のスペシャリストに声をかけて一堂に会し、課題に挑むことができないのであろうか。いいえ、できるのである。できないというのは、専門性を磨いていない人の言い訳でしかないということかもしれない。昭和の時代は終わり、平成も終わり、もう令和の時代なのである。そろそろ過去の延長線上に解はないということを認めなければならないときである。