スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

日本で出番がないビジネススクール

天野郁夫氏によると、問題は法務、経営、金融、会計、管理、行政といった社会科学系の人材養成であり、これらの領域は学部段階でも教育自体が専門職業教育というにはほど遠く、実践性・実用性に欠けているという。そして、専門職大学院の拡充はこの社会科学系領域を中心に発展していくと思われるが、教育内容もさることながら、わが国の企業の伝統的な雇用慣行が変わり、修了者の就業機会が大きく広がらない限りこの分野の急激な成長は望みがたいとする。

そして、日本における大学院の目的が曖昧で、高度職業人の要請との結びつきが弱く、そのことが社会科学系の弱さであると考えられているようであるが、そもそも社会や企業側に大学院に対するそのような期待があるのかが問題である。たとえば、ビジネススクールで学べる主な科目は、経営戦略、マーケティング、会計、ファイナンス、人的資源管理などがある。しかし、日本企業であれば、経営戦略は経営企画部、マーケティングは営業部、会計は経理部、ファイナンスは財務部、人的資源管理は人事部などで身につくスキルである。そして、日本企業の多くは人事異動でこれらの部署を経験する機会を与えてくれる。人によっては一通りすべての部署を経験した、などという人材もいるかもしれない。そのような人にとってはビジネススクールに行く意味が薄れるであろう。

また、日本企業では、新卒一括採用で雇用を確保してきたので人事異動で十分ジェネラリストを育ててきている。たしかに、その企業でしか通用しないものでは意味がない、という反論もあるかもしれないが、すでに基礎的素養があるのだから、あとはビジネススクールで使用される教科書を自分で読んでおけば十分ということになる。よって、日本の経済界は、ビジネススクールに従業員の教育を担ってもらおうというニーズもない。

結局、日本型の人事制度はスペシャリストを育てないので、逆説的ではあるがビジネススクールが不要といえる。なぜなら日本企業内における人事異動でビジネススクールのカリキュラムの多くのことが学べるからである。マーケティングと営業は同じではないという反論があるかもしれないが、それは本人の意識次第である。顧客への訪問回数と滞在時間を増やせばよいとだけ考えているのであれば、それはマーケティングではないのは事実である。しかし、本人の心がけ次第でマーケティングのマインドを持って創意工夫しながら業務遂行はできる。ある仮説や課題設定をして、実践を通じて実験していくことで、より多くの学びが得られるはずだ。よって、皮肉なことであるが、今後日本の労働市場スペシャリスト志向にならない限りビジネススクールにおける教育の出番はないのかもしれない。