スペシャリストの生き方

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専門職大学院は成果を出せるのか

今となっては、経済的事情などにより法科大学院に通えない人のために司法試験予備試験があることによって、司法の職に就くために法科大学院の高額な授業料を支払う必要はないと考える人が増えた。その結果図表の通り、予備試験合格者が増えてその実績をみても立派な結果となっていると同時に、法科大学院の存在意義が疑われることになっている。ましてやMBAMOTなど、その資格がなければ就けない職業など存在しない。そもそも、MBAMOTも資格ではなく学位でしかない。その学位があれば高度専門職人材であると誰が評価するのであろうか。そもそも、専門職大学院ではなく伝統的な大学院で対応できることはいくらでもあるのではないであろうか。

このような専門職大学院を、「専門学校の大学院化」であると揶揄する人もいるようである。たしかに、制度的に論文作成は必須ではなく研究指導もないので、単に週に何回か授業に出るだけ修了できるようなもので、厳しいビジネスの世界で渡っていける実力がつくのか定かではない。

そして、専門職大学院で取得できる学位には、「経営修士(専門職)」、「経営学修士(専門職)」、「経営管理修士(専門職)」、「技術経営修士(専門職)」、「ビジネス修士(専門職)」、「公共政策修士(専門職)」、「公共政策学修士(専門職)」等、多様である。素朴な疑問で、経営修士経営学修士は違うのか、あるいは、経営管理修士とはどのような違いがあるのか、そもそも、通常の大学院の「修士経営学)」と何が違うのか、一般の人にはわからないのではないだろうか。制度を作った文部科学省も、学位を作った大学も、経営学の専門家も明快な説明はできなと思われる。また、法科大学院における「法務博士(専門職)」は、アメリカにおけるロースクールの学位である、Juris Doctor(J.D.)の和訳をしただけであり、司法試験に不合格だったとしても法科大学院を修了していれば法務博士にはなれるという制度設計になっている。さらに、聞きなれない学位としては、「発信力実践修士(専門職)」、「ビューティービジネス修士(専門職)」、「ファッションクリエイション修士(専門職)」、「デジタルコンテンツマネジメント修士(専門職)」、助産修士(専門職)」等もあり、もうよくわからない。後戻りはできなが自由化の帰結がこれであり、このような学位を取得したとしても、第三者からは何の専門家なのかよくわからないような状況が生じてまったわけである。

ただし、多くの専門職大学院の教員が、教育効果の視点から修士論文の作成は論理的な思考能力を鍛えるのに有効であることを指摘している。文献収集からはじまり文章表現の技術や引用方法の統一など、その他形式的要件も含めてそれなりの能力が必要になり学びも多い。そう考えると結局は、専門職大学院ではなく通常の大学院でも十分対応が可能であったことになる。

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