スペシャリストの生き方

自分だけの生態学的ニッチで生きる

結婚とは「戦友」を得ることである

昔ながらの考えで女性は結婚で退職するという発想もある。いろいろな生き方があるので「寿退社」を否定するつもりはないが、それでも20代で勝負しておくメリットはある。結婚すると人生のステージでいろいろな課題が目の前に現れる。小さなことから大きなことまでさまざまである。夫婦の間ではいろいろな合意がなされて人生の決断をしていくことになるという点で、企業の共同経営者のようなものである。しかし、共同経営で成功した事例は非常に少ない。それは夫婦という形をとったとしても、結婚生活というのはかなり難易度の高い経営だといえる。

些細なことでいえば、外食したいときにどのレストランを選ぶかで意見が対立するかもしれない。旅行の目的地はどこがいいかで口論になるかもしれない。お正月やお盆にどちらの実家に帰るのかで揉めるかもしれない。論争の火種はいくらでもある。また、ライフステージが進むにしたがい、課題の複雑さも増してくる。たとえば、持ち家を購入すべきかどうか、マイカーは買うべきかどうか、子どもを私立の学校に行かせるかどうか、子どもを大学まで行かせるかどうか、子どもの結婚式はどうするか、親の介護をどうするか、最後は自分たちの葬式をどうするか、あるいはお墓は必要かまで複雑な課題が満載である。このような課題を一緒に乗り越えるパートナーが人生の伴侶であり、「戦友」でもある。

そして、このような問題に対する解決能力は、意外に20代の仕事を通じて身につけた判断力が役立つ。20代といえども会社に頼らず上司に頼らず意思決定しなければならないことは多い。自分の判断の拠り所は、損得の経済合理性だけでは決まらないこともある。自分のケースで考えると、20代のときにお世話になった中間管理職の方に「うそ騙しなし」を貫けば必ず仕事はうまくいくと叩き込まれた。この方は、まさしく「鬼軍曹」という表現がぴったりの厳しい方であったが、このシンプルな表現に彼の人生哲学をみることができる。「うそ騙しなし」には、相手に対してうそ騙しなしということもあるが、自分に対してうそ騙しなしということもある。経済合理性のみではない基準を判断の拠り所にすることにより長期的には経済合理性にかなうこともある。20代の早い段階で、いくつか判断の拠り所を持つことは重要である。

また、夫婦の間に問題が発生するということは、夫と妻の間に利益相反が生じているということである。そのようなときに、離婚という切り札があれば妻は夫とも対等に交渉できるであろう。自分の議論にもゆとりが生まれる。背水の陣ではなく、退路を確保しての交渉なわけである。もちろん、離婚した後に貧困に陥ることなくもう一度働くという選択肢が確保されている必要があるわけなので、結婚前に職人として自立していなければならない。

さらに、最悪のケースも想定しておく必要がある。伴侶に暴力癖がある、浮気癖があるなど、結婚後に数年してからわかるケースもある。もちろん、死に別れるということもあるかもしれない。まさしく戦友が戦場で先に逝くわけである。このようなことも考えると「寿退社」といえでも戦略的に実行する必要があると思われる。