職人的生き方の時代

自分だけの生態学的ニッチで生きる

暫定的にブログを統合してみよう

最近は、専門書でも一般書でも論理的に書かれた書籍が読めなくなってきました。自分の人生を豊かにしないような気になっています。今だけかもしれませんが、少なくとも今の自分に必要はないのではないか。左脳を使い考えれば考えるほど、幸福感は感じられないわけです。

そこで、いったんブログを統合しようと思いました。右脳重視の「見えない世界を知る」と左脳重視の「職人的生き方の時代」を統合し、このブログに継続して記述していこうと思います。「見えない世界を知る」はいったんお休みにします。お知らせなどがあるときだけ更新するようにしようと思います。

今の自分には余力がなく、書きたいことも理論的なことよりも直観的なことが増えているように思います。左脳を使うエネルギーがわいてこないわけです。呼吸法など実践して、この瞬間に注力する努力をしていますが、生身の人間として簡単にはいきません。とりあえず、こちらに統合しておきながら様子をみようと思います。

私の部屋には読み残した難しめの本がいくつか積んであります。今後これらの本を手に取ることはないのか、また読み始める心境になるのか自分でも自分を観察してみることになります。

自分の視力回復は呼吸法のおかげだろうか

2024年11月に定期健診を受けました。私は人間ドックは受けずに、毎年最小限の定期健康診断のみで済ませています。そこで視力検査の結果、眼鏡をつけてですが前年の右0.7と左0.7から右1.5と左1.2に回復していました。

検査員の方は不思議がっていましたが、最近あることに気がつきました。2024年8月頃から呼吸法をしているのですが、もしかしたら十分な酸素供給が視力回復に影響しているのではないかということです。

今野清志『目は1分でよくなる!〔新装版〕』(自由国民社、2022年)によると目のトラブルの原因の多くは、血流障害だといいます。よって酸素欠乏症の解消がカギとなるそうです。酸素不足が目を悪くするわけですが、呼吸法を始めたおかげで視力回復に貢献したのではないでしょうか。

森岡清史『目を温めると身体が自然によみがえる!』(サンクチュアリ出版、2016年)でも意図的に目のまわりを温め、血流をよくすることにより、目に酸素を供給するようにして視力を回復させるといいます。酸素カプセルに入るだけでも視力は戻りやすくなるということです。

まだ確信はありませんが、面白い現象あるいは因果関係の可能性なので書き留めておこうと思いました。いろいろ実験してみて、変化があったときには再度記述してみようと思います。

知識・資産の量は幸福感につながらない

受験シーズンも終盤になり、多くの子どもたちが結果に一喜一憂していることでしょう。受験では圧倒的な知識量が試され、事前に徹底的に訓練を積んで挑む必要があります。そして、その受験を突破することで、その先に幸せが待っていると信じているのではないでしょうか。

たしかに、この世界では一定の知識を持っている人のほうが、そうでない人よりも有利に人生を送れるのかもしれません。私も膨大な本を読んで知識を身に付ければ、いい仕事に就けて幸せな人生を送れると思っていました。たしかにそうでしょう。

でも知識の量に比例して幸福感を得られるかというとそうではないと思います。またよく言われるように資産の量に比例して幸福感を得られるというとそうではないでしょう。

世の中で生きていくためには、ある程度の知識とお金があれば望ましいのは事実です。しかし厄介なことに、ここまでで十分という限界がないのが問題です。どこかで線を引けるのかというとそのようなものはありません。だから富裕層といわれる人でも、さらに富を追い求めて幸せを追求します。知識も飽くなき探究心で、次から次へと新しい情報を取り入れないないと気が済まないということも起こります。いつも欠乏感を持ち続けているわけです。

言い方によっては向上心があってよいともいえますが、幸せという観点からみるとこのような状況は不幸以外のなにものでもありません。「左脳過剰症候群」などという病名はないと思いますが、私も含めて多くの人はある意味でこの病気を患っているといえるでしょう。

幸せになりたいのであれば、今のこの状態を味わい幸せを感じるだけでいいはずです。なぜ未来のシナリオを勝手に考え、同じような思考をグルグル回しているのかわかりません。

一方、今この瞬間に幸せを感じるというのはいかに難しいことか、この1年で十分味わいました。どうも臨界点に達しつつあるように感じます。自分の経験からすると、この辺でそろそろ自分で用意した気づきのためのステージがやって来るように思います。

とりとめのない文章になりましたが、臨界点にきている気がする自分が、どのような文章を残すのか記録しておこうと思いました。

「感謝の周波数」だけなら出し続けられる

自分の周波数が変わると、付き合う人や起こる出来事なども変わってくるといいます。村松大輔『すべてが用意されているゼロポイントフィールドにつながる生き方』(徳間書店、2021年)では経済の流れる周波数帯は、自分を生かす周波数帯といいます。

量子力学で表される見えない側の存在に気づいて感謝に入り、「自分が運ばれている、生かされている」と気づくと、日が経つにつれ、どんどん結果が変わるそうです。

売上とか数字とか、見えているものだけで存在する毎日と比べて、見えないが側のエネルギーをもらい受けて、肉体を通して得意分野を顕現していった場合は、つながるご縁がはるかにすごいので、どんどん運ばれて発展していきます。それが「経済が流れている周波数帯」ということだそうです。

その周波数帯に入ると、自然といろいろな人と引き合わさ、それが加速して、いい循環に入ります。経済の流れる周波数帯とは、言い換えると「感謝の周波数帯」であり、「自分を生かす周波数帯」であり、「本質の深い祈りの周波数帯」だそうです。

たしかにそのとおりでしょう。だからポジティブな想念を持ち続け、自分で光の素粒子を飛ばして、よい出来事を引き寄せるということなのだと思います。

ただし、人は常にポジティブであったり、プラス発想でい続けることもなかなか難しいと思います。少なくとも私は落ち込むこともあるし、悩むこともあります。自動思考を捨てる試みもしていますが、常に成功しているわけではありません。

ただ1つだけできることは、どんな状況にあっても感謝の周波数帯にいることかもしれません。不安やおそれはあっても、今この瞬間は生きているし、家族もいるし、ごはんも食べられる。スーパーで買い物もできるし、蕎麦屋でそばも食べれます。小さなことでしょうが感謝して「ありがとう!」ぐらい、心の中でささやけると思います。

人生で何度か落ち込む時期がありましたが、今はその時期かもしれません。でも比較的よい書籍に巡り合い、乗り越えられるように人生が設定されていると信じていこうと思います。このように文章が書けていることも感謝の対象になることでしょう。

自動思考を捨てて腹から直観を得る

仕事や勉強が手につかないことはありますね。私が今一番困っていることは、自動思考が止まらないことです。自分の過去を悔いたり、思い返すということはあまりありませんが、将来の展開を考え、不安や恐怖で堂々めぐりすることがあります。このループから抜けることが至上命題ですが、そう簡単ではありません。

最近、中川八洋『正統哲学 異端思想』(徳間書店、1996年)という本を読みましたが、難しくて今の自分には合わないと思い、いったん読み進めるのを休止しました。しかし、その内容は示唆に富んでいます。

中川氏は近代政治哲学などを専門にした研究者ですが、理性を絶対視する近代哲学の祖であるデカルトを批判します。『方法序説』で有名なデカルト哲学を、無益にして有害な思想と断罪します。学生の頃に読んでわかった気になった自分ですが、理性や思考を絶対視する点、たしかに今の私であれば賛同しかねます。

そして、スピリチュアルな指導者であるエックハルト・トールの『ニュー・アース』(サンマーク出版、2008年)でも同じようにデカルト批判が出てきました。「われ思う、ゆえにあれ在り」という有名な言葉は、思考と存在を同一視しているが、思考に気づいた意識は、その思考とは別次元の意識であると説明しています。

何だか難しい話になりましたが、自分の本質は思考の外にあるということだと思います。自分の外からの気づきや直観、インスピレーションなどは自分の思考がもたらすものではなく、自分の外側の次元のもう1人の自分が提供しているものというような意味でしょう。

英語で直観のことを"gut feeling"といいますが、gutは腹とか腸という意味で、直観は腹のあたりから来ることを人は知っているからそのような表現になったのではないでしょうか。日本語も腹落ちするとか、腑に落ちるなどと表現しますね。

ですから思考はむしろ邪魔で、本当に幸せになりたいのであれば、腹に問いかけろということかもしれません。今は私が取り組んでいることは、思考から答えをみつけることではなく、腹に問いかけ答えを得ることになります。これが並大抵のことではなく、難なくできるようになれば、おそらく幸せの感覚に包まれるのだと思います。禅僧のように継続してその境地にたどり着こうと思います。

「集合的無意識」や「暗在系」そして「空」

心理学でいう「集合的無意識」、物理学でいう「暗在系」、宗教学でいう「空」など、実はすべて同じことをいっているのでしょうか。世俗的な言い方であれば「あの世」ですね。天外伺朗『未来を開く「あの世」の科学』(祥伝社、1996年)は、科学者が書いた本なのでとても説得力があり、この辺の背景を知るのに参考になります。

心理学者のユングは、人間の「無意識」というのは個人に所属するのではなく、全人類に共通であってつながっていると言っています。多くの人は、虫の知らせとか、テレパシー、シンクロニシティなど経験しており、何となく私たちの認識していない世界から情報をもらっているのかもしれないと思うことがあるのではないでしょうか。

集合的無意識の仮説で興味深いのは、無意識は時間を超越しており、未来を知っている可能性があるということです。ユングは予知夢をよく見ており、その夢が現実となるということは頻繁に経験したようです。

そして、物質がエネルギーだと言ったのはアインシュタインですが、デビット・ボームという物理学者は、物質だけではなく、精神や想念もエネルギーだと言っています。たしかに、私たちの想念にエネルギーがあるような気がいたします。思いは実現するといいますし、前向きな心持でいることで人生が好転することもあります。

デビット・ボームは、物質も精神もエネルギーとして暗在系にたたみ込まれていると説明します。明在系が見える世界で「この世」といってもよく、暗在系が見えない世界で「あの世」といってもいいでしょう。

そして、宗教でいうところの「空」もほぼ同じ概念ではないでしょうか。無常観といいますか、何もないわけで、数学でいえば「ゼロ」。でもこのゼロには、量子力学でいうところのゼロポイントフィールドのように、無限のエネルギーが存在するのかもしれません。

いずれにしてもアプローチが異なるだけで、この世の真実をあの世の科学で説明できる時代が来ているということはわかります。私たちは生きている限り、あらゆる悩みがつきまといますが、どのアプローチでもいいので、この煩悩から解放されることができるのであれば、どんなに快適な人生が送れるものかと期待してしまいます。ぜひ、多くの人を救うためにも、この辺の研究が進んでくれることを祈ります。

量子力学を活用して成功を引き寄せる

村松大輔『現象が一変する「量子力学的」パラレルワールドの法則』(サンマーク出版、2022年)などを読んでいると、日常に起きる不思議な共時性についてうまく説明できるようになります。

たとえば、ある人に連絡してみようかなぁ~と思ったところに、その相手からメールが届くとか、あるテーマについて考えていたら、その解決策になりそうな事柄がインターネットの情報に出てくるなどです。

これは量子力学的に説明すると、私たちはフォトン(光の素粒子)を飛ばして、お互いが影響し合っており、その影響の結果、自分が必要な物や事を引き寄せていることになります。

もっと身近な事例で、不機嫌な人のそばにいれば、そのイライラが自分にも伝播してくるのは、不機嫌な人の「ムカつくフォトン」が自分に飛んできて影響しているということですね。

よって、常に「うれしいフォトン」とか「やさしいフォトン」を出している人のそばにいれば心地よいということのようです。よって、実は見えない世界にこそ、私たちを動かす真実があるということです。

このように考えると、とても心地よいフォトンを飛ばせる人になることは自分にプラスですし、また、自分の人生で自己実現するための人・もの・カネを引き寄せるには必要なことなのかもしれません。

人生で成功するためのハウツーやテクニックのような情報や本は数多く見受けられますが、そのような小手先の対応ではなく、もっと私たちが観測できていない世界を活用することを考えてみるのもよいかもしれません。