スペシャリストのすすめ

自分だけの生態学的ニッチで生きる

「恐ろしいコロナ」vs. 「かわいいコロナ」

コロナに関する各種対応が憲法基本的人権の観点から議論されていないな、と思っていたが、やっと書籍が出始めている。その一冊の大林啓吾編『感染症憲法』(青林書院、2021年)を読むと、この分野は議論の深みと広がりが不足しており、憲法9条のような活発な議論の蓄積がなかったのだということに気づかされる。それでも、このように憲法学者が声を上げはじめているのは興味深い。そして、このような議論が表に出るには、それなりの時間が必要であったこともわかった。

この書籍の中で紹介されている、アメリカのエボラ出血熱に関する看護師の事例は示唆に富んでいる。非常に複雑で繊細な議論が必要であり、「PCR検査をして隔離」などという単純な話ではないことは理解できる。以下がその事例になる。

国境なき医師団の看護師としてシエラレオネに赴き、エボラ患者の治療に従事していたアメリカ人女性が、2014年10月に帰国し、ニュージャージー州の国際空港に到着した。するとアメリカ疾病対策予防センター(CDC)の検閲事務所に通され、いくつかの質問と体温検査を受けた。異常は見られなかったが、その後、再体温検査で熱があることを告げられ、6時間も空港に足止めされ、病院に送られた。しかし、エボラ検査の結果は陰性だった。

この女性は、症状が出なければエボラは感染しないことを知っており、今回の検疫措置は厳しすぎると批判する記事がニューヨーク・タイムズ紙に掲載された。この批判の翌日、ニュージャージー州知事は、「政府の仕事は市民の安全と健康を守ることである。それ以外の考えはもっていない」と反論した。

結局、80時間も拘束されたあとで彼女は解放されメイン州の自宅に戻った。しかし、今度はメイン州の知事に3週間のあいだ自宅で検疫期間を過ごすように命じた。知事は、他人の3フィート以内(約1メートル弱)に入ること、仕事に復帰すること、公共の場所で人の集まる所へ行くことを禁じた。しかし彼女は医学的に検疫する必要がないということを知っているので自由に行動した。

そして、その行動が住民の間に不安を引き起こし、その結果、メイン州は州裁判所に彼女に検疫命令を出すように請願を出している。

しかし、州裁判所は検疫が不要であるとして次のような判断をした。まず、州が被告の移動の自由を制限するためには「他者を感染の危険から守るために必要」であることの明確な証拠を示す義務があるとする。しかし、裁判所に提出された証拠をみるかぎり、被告にはエボラに感染していることを示すいかなる徴候も出ておらず、よって、感染の危険がないといえる。「エボラに関して、われわれの国はいたるところで、誤解や誤情報、不適切な科学や情報がまき散らされて」おり「人々は恐怖心から行動しているが、この行動はまったく理性的とはいえない」としている。

この事例ではメイン州の住民のそこはかとない不安が州政府を突き動かした。しかし、多くの住民の認識は錯覚であった。あるいは、何となくの印象であった。

また、わが国におけるメディアでの知識人や専門家の発言があまりにも軽々しいということは、この事例からも明らかなようである。人の自由を奪うことの重大さを認識しているのであれば、あのような発言は出てこない。アメリカのフロリダ州の人々の意見には、そんなに怖いのであれば、あなたが家に閉じこもっていればよいだけであり、あなたは私の自由を奪う権利はない、という趣旨の議論が聞かれる。そのとおりかもしれない。

私は、本当に「恐ろしいコロナ」は存在するのかについても懐疑的にならざるを得ない。「かわいいコロナ」が存在しているだけではないかというもの。インドも大変なことになっているようにみえるが、インドの地方に住んでいる人からは、普段と変わりないという報告もある。日本も同じようなもので、私の周りでコロナで死亡した人はいない。それ以外の原因で亡くなっている人はいる。「恐ろしいコロナ」vs. 「かわいいコロナ」。誰かこの疑問に答えを出せる人はいるのであろうか。

 

ワクチン接種3日後に意識不明の義祖母

フランスに住む妻の祖母が、コロナのワクチン接種の3日後に意識不明になった。その後、病院に入院していまだ意識が戻らない。年齢は99歳でもう数ヶ月で100歳だった。年齢もあるので逝くことは仕方がないが、ワクチン接種をしなければ100歳まで生きられたと思うと身近にいる家族は後悔が残るであろう。もちろん、因果関係も証明できずに、ワクチン接種後の副反応にもカウントされないのかもしれない。日本でもワクチン接種後に死亡が確認された人が20名いるようだが、因果関係は確認できないか、確認中とのことである(2021年5月12日NHKニュース)。

ワクチンに関しては、ワクチンパスポート、ワクチン接種者はマスクを外せる、など恩恵を与えて、ワクチン接種を促しているが、最後は本人の判断でよいと思う。ホリスティック医学の重鎮の帯津良一医師は、アドバイスを求められれば、「コロナが怖くて不安な人は打てください。平気な人は打たなくていいのではないでしょうか」と答えるという。

私もワクチンを打ったことはないが、インフルエンザになったことがない。偉大な免疫機能がうまく処理してくれていると思うので、コロナのワクチンも打たない予定だ。また、子どもたちはどうするかと聞かれれば、はっきりとNOという。治験期間も十分ではなく、そもそもまだ治験中ということ。アメリカ食品医薬品局(以下「FDA」)もコロナ・ワクチンを緊急使用許可(emergency use authorization)しているだけで、まだ承認(approval)を出していない。だが、ほとんどの日本人はアメリカでも承認済と思いワクチン接種の予約をしているであろう。

1950年代後半にドイツで開発された睡眠薬サリドマイドは、日本を含め世界40カ国以上で販売された。その後、サリドマイド薬害は各国に被害をもたらしたが、アメリカのみ被害が少なかった。FDAの審査官フランシス・ケルシー女史が催奇性に疑念をもち認可をしなかったためである。ケルシー女史は、外国の文献を良く調べ、勘も大いに働かせ、サリドマイドが危険だと直感した。結果、治験の段階での40人の被害者は別にして、被害の拡大はなかった。

残念ながら日本にはケルシー女史のような逸材はいない。しかし、ワクチン接種が大幅に遅延しているということなので、もしかしたらそれが功を奏するかもしれない。接種が進んでいる国の結果が出てきてから見極めてもいいわけである。未承認のワクチン接種以上にコロナが危険だと誰が証明できるであろうか。

今日、ある商法研究会に初めて参加する機会を得た。商法を学ぶ者であれば誰もが知る権威たちが、あるアメリカの裁判例について評釈し、討議をしていた。そこで出てきた発言に、「このケースでなぜ裁判官がこのような判断をしたのか、私にもわからないのですよ」とか、「この基準をなぜこの事件で使ったのか、私には理解できないのです」などの発言が出てきた。私は、商法の権威たちが、過去の経験や理論そして研究成果をもとに、みずからの解釈で判決の良し悪しを一刀両断するのかと思ったが、みな控えめであったのは意外であった。

結局、どの分野を極めようと、たかが人間であり神ではないということ。人が理解できる事柄には限界があるということであろう。そして、本当にある分野を極めた本物は、課題に対して謙虚な姿勢で挑むということである。よって、ワクチンが行き渡れば問題がすべて解決するとか、元の経済活動に戻れるなどと思うのは早計ではないだろうか。そもそも、ワクチンがなくても元の経済活動に戻れることだってあるかもしれない。アメリカのフロリダ州などが一例である。我々が必死で戦っている相手は何のか、あるいは誰なのか、もう一度考え直してもよいかもしれない。

中世イスラーム世界の発展にみる希望

コロナ禍により人の流れが止まり、経済も停滞していくなかで、これから世界はどの方向に進むのであろうか。経済に関しても文化の発展に関しても、先行きが明るくない印象を持つ人は多いと思う。しかし、中世におけるアラブ世界の発展の様子をみると、意外にも人類のたくましい意志と行動力から、われわれは次のステージに進化していくであろうことを感じられた。どうしてそう思えたのか。

中世におけるアラブ世界の繁栄は非常に有名であるが、なぜヨーロッパが経済的にも文化的にも停滞していた時代に、中東が大いに発展したのかは興味深い。その理由を探ると次のようなことがあった。

まず、中東イスラーム世界では厳しい気候のために農業が難しい。かろうじて必要な雨量が確保できる地域は、レバノンなどの海外地域や北アフリカの地中海沿岸地方などわずかな地方に限られ、それ以外の地域は灌漑を行わなければ農耕ができない。

坂本勉『イスタンブル交易圏とイラン』(慶應義塾大学出版会、2015年)によると、灌漑すらできない砂漠では、農業以外に生活の糧を得なければならず、遊牧という生活様式が中東イスラーム世界に広がったとする。そして、中東イスラーム世界は雨が多い地域には農業が、少ない地域には放牧が、それぞれの生活様式となり、分業体制ができあがった。

このような農村と遊牧社会とのあいだでみられる判然とした分業の状態は、それぞれの社会において生産できないものに対する渇望を強め、これが原動力となって市場が形成されることになったという。

ちなみに、中東イスラーム世界が古くから国際的な中継貿易を通じて経済的に繁栄できたのは地理的な要因もあったようである。インド洋と地中海という二つの海域に挟まれ、アジア、アフリカ、ヨーロッパの三大陸の結節点に位置する地理的優位性が、各地を結ぶ国際的な中継地になり商業が発展したものである。

今、われわれは外の世界との交流が断たれ、閉ざされた空間で時間を過ごすしかない。世界の観光業界や航空業界、ホテル業界は大打撃を受けて、立ち直れないほど衰退してしまった。著名な投資家のウォーレン・バフェット氏もエアラインの株を売却し、自らの投資戦略を変更している。

しかし、中世における中東イスラーム世界における経済発展や市場形成の原動力をみると、自分にないものに対するあこがれや渇望というものが、人類の歴史を動かす原動力になることがはっきりと理解できる。自分の知らない文化へのあこがれ、自分が持っていないものに対する欲望、自分が経験したことがない体験への意欲、自分がみたことがない景色をみたいという願望、もっと卑近な例では、男女が惹かれあうのも似たような源泉なのではないか。このように考えるとコロナごときで人類は未来への営みを停止したり、あきらめたり、回避したりすることはないであろう。

いずれにしても、様々な自粛の要請をしようが、人流を止めようが、飲食店の営業時間を短縮しようが、人類は必ず新しい活動をはじめて、さらなる繁栄を手に入れると思われる。いや、すでに行動をとりはじめている人は多いと思われる。

私自身もコロナ騒動に関係なく、次のステージへ進みだしている。しかも複数の試みをはじめた。過去の常識であれば無謀かもしれないが、過去からの延長線上に解はない。「やってみなはれ」の精神でいくつもの試みを同時進行で進めてみたいと思う。間違いがなければ、宇宙が味方してくれるであろう。間違いがあれば軌道修正してくれるであろう。出てきた結果を静かに受け入れるだけである。

 

法科大学院が法学研究を衰退させるのか

日本の多くの大学で法科大学院ロースクール)が設立された。制度自体は2004年にはじまっているが、法科大学院に対する懐疑的な意見は多い。しかも、すでに閉鎖した法科大学院の数のほうが、存続している法科大学院の数よりも上回っている。存続している法科大学院といえども赤字経営のところが増えているのではないだろうか。普通の民間企業であればすぐに撤退すべき事業であろう。アメリカのロースクールを日本版ロースクールとしたわけだが、アメリカの真似をすればうまくいくということではないようだ。また、逆説的ではあるが、法科大学院を閉鎖し、法学研究科のみ残った大学院は、研究者を養成する研究機関として発展する最大のチャンスなのだと思う。

私が法科大学院の存在で問題だと思う点は、大学院における法学研究の活動が停滞してしまうのではないかということである。法学研究科と法科大学院は、同じ大学院でもまったく別である。法科大学院で学んだ経験がないので、正確なコメントはできないが、法科大学院の最終ゴールは、できるだけ多くの学生を司法試験に合格させることである。そうすると、基本書や重要判例を読むであろうが、さらに深く掘り下げた論文や裁判例までは読まないのではないだろうか。そんなことより、最短、最速で結論にたどり着く訓練が必要なのだと思う。余計な学説や裁判例よりも、正確な答案を書ける能力が問われているわけである。

一方、法学研究科は、かなり狭い領域を不必要と思われるぐらい深く調べることがある。ある意味で、遠回りも必要であるし、一見無意味と思われる隣接する学問を調べることもある。むしろ学際的なテーマは競合他者がいない最高の研究領域となる可能性もあり、そのような分野をみつけられれば、研究者としては優位性を確立できることになる。

さらに、法学研究科の特徴として明らかな点は、外国法をよく学ぶということがある。外国法を学んで日本法に役立つのか、という疑問があるかもしれない。たしかに、文化的、社会的背景も違うし、国の制度や経済、宗教、国の成り立ちも違うので外国法をそのまま持ち込んでも無理がある。しかし、ハッと驚くような着眼点をみつけることや、外国法を参考としつつ、日本法に応用してみること、あるいは自分がみえていない世界を垣間見て新しい論理の展開を試みるには、やはり外国法の研究は非常に有用である。

当然、法科大学院と法学研究科のカリキュラムは違う。おそらく教員の側も駆使する脳の部分は違うのではないだろうか。一人の教員が、法科大学院と法学研究科の授業を兼務するのは、相当大変なことだと思われる。民間企業でいうなら、営業部と法務部を兼務する、人事部と財務部を兼務するくらい、妙なことなのかもしれない。

そして学問としての法学について問題が生じると思われる点は、法科大学院に人的・物的リソースをとられて、法学研究科の体制が脆弱になっている大学院が相当数あるのではないかということである。授業の数は法科大学院のほうが多くなり、教員も授業の準備などで時間をとられる。また、法科大学院の学生は2年後あるいは3年後の司法試験を目指すので、5年や10年のスパンで研究などできない。おそらく法学研究科で一つのテーマについて一定の成果や結論に達するには最低でも5年は必要だと思うので、明らかに法科大学院とは研究手法は異なる。研究が本業の教員はこの事業計画の期間の違いのために疲弊してしまう可能性がないだろうか。

授業料も国立大学は少し安価であるものの、法科大学院の初年度納付金は100万円を超える。私立大学の初年度納付金は平均140万円くらいといわれている。こんなに高額な学費を支払える人というのは、ある程度の高収入でなければ無理であろう。多様なバックグランドをもった人が法曹にということにはならない。すべての人に開かれていない法曹になってしまう。昔は主婦が司法試験に挑戦するとか、10年司法浪人した人が合格するなど痛快な武勇伝がいっぱいあったはずである。そう考えると、法科大学院はあまり面白い制度ではないように思える。

そして、法学研究科の衰退は大いに懸念される。法科大学院のせいで10年かけて同じテーマを追いかけるような研究者が出てきにくい。おそらく、これは法科大学院の問題だけではなく、高等教育に自由競争を持ち込んだ結果でもある。企業で事業計画を経営陣に提出するときに、要求される利益水準を3年で出そうとする場合、当然、ストレッチした数字を出さざるを得ない。ある意味で、詐欺スレスレのことでもしなければ数字が作れないこともある。一方、5年から10年の事業計画であれば、腰を据えて持続性のあるプランを立てやすい。高等教育の世界にも短期的な成果主義がはびこり、学者がやっつけ仕事ばかりになってしまえば、それは研究の水準が低下するのは避けられないであろう。

「まっとうな仕事」など存在しない

阿部彩『子どもの貧困』(岩波新書、2008年)を再読してみた。貧困を扱う書籍としては古典といってもいいくらい有名ではないだろうか。その書籍から重要な気づきを得た。その本の中に、私あるいは世の中の多くの人が勘違いしているキーワードをみつけた。それは次のような一節に出てくる。

「すべての進学したい子どもが大学へ進学する必要はないと考える。すべての進学したい子どもができるようにするべきである。そして、それと同時に、進学を選ばない子どもたちにも、「まっとうな仕事」を獲得できるだけの「最低限の教育」を身につけさせるべきある。」

ここで、はたと思った。「まっとうな仕事」??? 何だろう。「まっとうではない仕事」はあるのだろうか。たしかに、殺し屋を職業とすることはできない。公序良俗に反するし法はそのようなことを許さない。しかし、世の中の職業のすべてはまっとうな仕事である。

手もとの辞書には、「本来正しいとされる方向に従うようす。まとも。まじめ」とある。ここでは「まとも」の意味がしっくりくると思われるが、「まともな仕事」とは何であろうか。もしこれを仕事の種類で使うのであれば、まともな仕事も、まともでない仕事も世の中には存在しない。なぜなら、世の中に存在する仕事は、すべて必要だからあるのであり、それは誰かが担わなければならないからである。端的に「職業に貴賤なし」である。

そもそも尊い仕事も、卑しい仕事もない。あらゆる仕事は必要にして不可欠なのである。しかし、私たちはどこかで勘違いしていないだろうか。阿部氏の文脈では、大学に進学し多くのことを学べば、よりよい仕事につけ、大学に進学しない人は、望ましくない仕事に就くことを暗示しているようにも思える。しかし、何度もいうがまっとうでない仕事は世の中に存在しない。

問題は、現実の社会において高学歴の人は大企業に入り高給をもらえ、高学歴ではない人は、非正規雇用ブルーカラーの仕事について、給与も大企業の人たちに比較して低いとい事実があることである。そして、先日、子どもたちと話しているときに気がついた。

子ども:「お父さんの仕事はどんなことなの?」

私:「会社の役員を守るための保険とかを買う仕事だね」

子ども:「それはどんなことなの?」

ここで考えて、ちょっと違う答え方をしてみようと思ったら、自然に次のようなことをいってしまった。

私: 「たいしたことはないよ。もしお父さんの仕事がなくなっても世の中の大半の人は困らないと思うな。でも、毎週ゴミを収集してくれる人やビルの清掃、トイレ掃除をしてくれる人が仕事をやめたら世の中大変なことになるよ。ヨーロッパの国の中には、それで街の機能が麻痺している地域もあるんだ」

なぜ、職業によってあるいは組織のポジションによって、こうも違うのだろうか。子どもの貧困を解消するために、教育を受ける機会の平等を確保することが望ましいのは百も承知である。しかし、そこに意識を集中している限り、問題の解決にはならないのではないだろうか。むしろ世の中の「公正」さを確保することに注力することのほうが近道ではないだろうか。

なぜ私たちは、いくつかの企業の社外取締役に就任し、好き勝手をいっている人が、複数の経路で収入を得て経済的に豊かになり、政治的にも影響力を行使して、さらに豊かさを得ようとしている事実を許しているのか。一方、毎日朝早くビルの前で待ち、ビルのシャッターが開いたらフロアの清掃をしている人、あるいは体力や精神力の限界を行き来しながら、高齢者の介護をしている人、このような人たちの給与が低く抑えられている事実を許しているのであろうか。正直わからない。

人は私にいうかもしれない。「そういうあなたは、なぜ2度も大学院に行き学び、何を得ようとしているのか。お金であろうか?」。

大学院に行ったところで収入が増えるわけではない。副次的効果として、定年後に非常勤講師の職があるかもしれない。あるいは、定年のない仕事に就くかもしれない。自分で事業をするかもしれない。いろいろ可能性はあるが、収入は副次的効果でしかない。

それでは何か? 情熱をもって探求したいテーマがあり、今の仕事を「まっとうな仕事」にしたいからである。この場面でこそ「まっとうな仕事」というフレーズが使える。多くの人は会社から、あるいは上司からいわれて仕事をやらされ、長時間労働やハラスメントに苦しみ、まっとうな仕事ができていない。それを少しでもまっとうな仕事にするため、付加価値を創造するつもりで学んでいる。

よって、世の中にまっとうな仕事とまっとうでない仕事があるのでなく、自分の担っている仕事がまっとうでないときに、まっとうな仕事にする、このようなときにこの言葉が使えるのだと思った。

ただ、世の中に「公正」さが欠如して、職業やポジションによって大きな所得格差が生じることの答えは見出せない。職業によって価値の差があるわけではない。なぜ格差が生じるのか。ある人たちがあるいはある特定の制度が、格差があるとみせかけているだけではないかと思えてきた。本当に自分の仕事は隣の人の仕事以上に価値があるのか。おそらく差はないのだと思う。

大学院はリモート博士の時代

論文を書くことが多くなり、一般のテーマで文章を書く時間がなくなった。今年から論文博士を断念し、課程博士に切り替えたからである。しかも学ぶ大学院は、横浜在住でありながら神戸である。すなわち、リモート博士である。これは明らかにコロナのおかげといってもいい。コロナに感謝である。

自分の研究テーマで審査してくれそうな先生のいる大学院を探していたとき、当初は首都圏しか頭になかった。しかし、考えてみると仕事でさえリモートでできるのだから、博士論文くらいリモートでできて当然だと思えた。そして、京都のある私立大学に知り合いがいたので相談すると、保険法の博士論文の指導・審査体制は国立大学のほうが整っているであろうといわれ、さらに別の知り合いを通じて神戸大学につながった。

まったく縁もゆかりもない大学であるが、首都圏だけで研究者を探していたのでは制約があったものが、日本全国から探すとなれば明らかに選択肢が広がった。しかも結果的には研究体制や教授陣をみると、自分のテーマにピッタリのベストな選択であった。

これからは、しっかりした考えをもっている高校生であれば、自分の学びたい研究テーマを極めた研究者が日本のどこにいるかを調べて大学を選ぶ時代がくるのかもしれない。たとえば、北海道の人が九州の大学に入るなどもあるであろう。

もしかしたら、高校生ではそのような成熟した判断ができないかもしれないが、大学院であればさすがに自分の研究テーマについて、その分野の専門家がどの大学にいるのかくらいはわかるであろう。しかも論文指導がメインになるので、リモートでも十分可能である。研究テーマについて一緒に考え探求してくれる研究者を選び指導を受ける時代である。偏差値やブランドで大学を選ぶ時代は、リモート時代にはなくなるのかもしれない。そもそも大学にとってキャンパスを維持するコストは膨大である。たしかに、大学の校風や学生文化というのは、キャンパスから生まれるのかもしれないが、学生を100%収容するための施設は不要なように思われる。

1980年代後半、私が学生であったころ、大講義室の授業など普段は閑散としているのに、試験前になると立ち見が出ることがあった。そもそも履修している学生数を全員収容できていない講義室だったのではないだろうか。そんないい加減な時代であったが、今であれば講義室で授業を受ける人とオンラインで受ける人が混在していてもいいように思う。

アメリカのミネルバ大学などは、キャンパスがないので、全世界から優秀な人材が教授として招かれている。キャンパスまで行って講義する必要がないので、地理的な制約がなく、優秀な教授が集まるようだ。生徒も世界から集まり、世界のいくつかの都市を移動しながら一定期間その土地に滞在して学ぶというユニークな大学である。ハーバード大学を蹴ってミネルバ大学に行く学生も多いようなので、学びのあり方は大きく変わっているといっていい。

よって、日本人が大学院に行こうと思う場合は、自分の住んでいるところから通える大学院という制約を外すことをお勧めする。大学院側にしても全国から優秀な人材を集めることができるメリットがあるので、遠隔地の人をどんどん受け入れるとよい。とくに地方の大学が東京や大阪の人材を受け入れるメリットは、ビジネスの中心地の情報を取り込むよい機会だと思われる。また、全国から学生を集めることができる教員の給与は、当然上がるべきだと思われる。大学院なのでしっかり論文指導できなければ学生も集まらないし、学部のように単位を簡単にくれるからという理由で人気があるという世界ではないので、その点心配ないであろう。

あるいは、海外の大学院であれば、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、フィリピン、インド、スリランカなども英語で履修でき、時差もないのでよい。あるいは、時差があるほうがよい場合もある。午前は仕事で夕方から授業であれば、ヨーロッパの大学は最適である。日本の夕方はヨーロッパの朝だから、指導を受けやすい。とにかくコロナのおかげで時代は変わった。選択肢が格段に増えたといっていい。あり得ないということをやってみると、意外にできてしまう時代になったといえよう。

そろそろ旅に出て新たな発見を

3月末に米子、松江、出雲へ家族と一緒に旅をした。やはり旅行をすると様々な発見や気づきがある。外出自粛もほどほどに、そろそろ旅に出ることをお勧めしたい。

私としてはどの街も初めての訪問であったが、まず気がついたことにホスピタリティというものがあまり感じられなかった。JRの職員、ホテルのスタッフ、バスの運転手、レストランのスタッフ、いずれも首都圏で体験する顧客対応よりもあっさりしていた。地域的特性なのか、コロナで疲れているのかわからないが、顧客を心地よく迎える感じではなかった。

商店街は閑散としており、人口減少はどうしても止められない印象はぬぐえないといったところである。出雲大社の参道も近代化され、昔の風情がないのが少々残念であった。タクシーの運転手の話によると、世代が変わり地元の人が経営していないそうで、行き詰ればすぐに撤退してしまうであろう。おそらく、ここで有能な市長や知事が出てきても、人口減少の流れは止まらないであろうし、衰退するのはやむを得ないのかもしれない。ただ、山陰地方という地理的優位性を生かして、韓国や中国からの観光客を招くことはできそうな感じはする。

一方、ポジティブな印象をもった点は、地方都市の心地よさというのがあった。人混みがなく基本的な都市機能は備えており、街並みに落ち着いている。とくに松江は風情があり、小泉八雲が愛した街というのは理解できた。お城も天守閣が残っている点で、かなり売りになる。武家屋敷や庭園も存在し、日本の伝統が活き活きとして残っている。

羽田空港から1時間20分の飛行時間で行ける地域であり、予想以上に近く、日本の風情に触れることができる。首都圏に住んでいると、そこがすべてのように思えてしまうが、地方でたくましく生きている人もいるし、多くの文化遺産が存在して、食文化も豊かなこともある。また、米子には高島屋百貨店が存在していることに驚き、日本で最古の客車が街中の公園に展示されていた。日本で最古、日本で唯一、日本でトップなど、東京よりも秀でた点をみつけられるのは楽しい。

これからの地方都市は、東京を経由せずに直接世界とつながるとよいと思う。姉妹都市なども人の縁などを使えば、意外に提携先はみつかるのではないか。それによる経済効果の計測は難しいであろうが、住んでいる人同士が交流しつながりを感じるだけでも、人々の世界観は広がると思う。

昨年春の緊急事態宣言直前の奈良旅行についても学びが多かったが、人生を変えるほどの衝撃は得られないとしても、日本の地方の良さをしみじみと感じることができるのはよい。そして、自分が自治体の長であればどんな施策を打つのか、自分がここで事業をするならどのように展開するかなど、勝手に夢想することになるので、やはり旅の効用は日々の考えを豊かにするという点でもあると思えた。